羊毛蛋白質の高度利用技術の開発
愛知県産業技術研究所  記事更新日.07.11.05
尾張繊維技術センター
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〒479-0931 一宮市大和町馬引字宮浦35
TEL 0586(45)7871   FAX 0586(45) 0509
http://www.owaritex.jp/
一宮市を中心とする尾張西部地域は、国内最大の毛織物産地を形成して、紡績、撚糸、織布、染色整理業などの羊毛関連企業がそれぞれ分業体制をとり、原料から加工・製品開発までの生産を行って来ました。
しかし、近年は、毛織物関連製品の需要の減少、中国製品をはじめとする低価格製品の流入などの影響を受け、産地の企業数及び生産量(工業出荷額)は大きく減少しています。この様な現状から脱却するために、羊毛の新しい利用技術を開発して、毛織物以外に羊毛の新規用途展開を行うことが地元企業から強く要望されていました。
愛知県産業技術研究所尾張繊維技術センターでは、この産地のニーズに対応するため、羊毛の主成分である「ケラチン蛋白質」に注目して、羊毛からケラチン蛋白質を抽出し、パウダー・再生繊維・成形体(フィルム)・カプセル・スポンジ(多孔体)等に加工し、試作研究を行ってきました。これまでに当センターで行った研究内容の概略を以下に紹介します。

1. ケラチンパウダー
羊毛のケラチン蛋白質を抽出する方法には、酸化法と還元法との二つの方法があります。当センターでは高分子量の蛋白質が得られる還元抽出法を用いて、羊毛からケラチン蛋白質を抽出・精製し、この溶液を微粉末化して水に可溶性の活性ケラチンパウダー(粉末)を開発し(写真1)、これを原材料として各種製品を試作しました。

 

 

2. ケラチン系繊維
ケラチンパウダーとポリビニルアルコール(PVA)樹脂の混合水溶液を原料として、湿式紡糸法によりケラチン系フィラメント繊維を開発しました(写真2)。この繊維は、羊毛のリサイクル繊維とも言えます。従来の羊毛繊維は、短い繊維を撚り合わせて1本の(紡績)糸を作っていたのに対して、この繊維で作る糸は合成繊維の様に長く連続した繊維の集合体で、この糸の特徴は毛羽立ったり絡み合って収縮(フェルト化)したりすることが無く、吸放湿性能や重金属の吸着性能などの優れた機能性を有しています。廃棄羊毛の再利用技術としても有効と思われます。

 
3. 成形体(フィルム)
ケラチンパウダーから、圧縮加熱成形法を用いて半透明のケラチン成形板(フィルム)を試作しました(写真3)。この成形板は、毛織物以上の吸放湿性や生分解性を有していました。特に、土中埋設試験では約1ヶ月間で完全に消失し、急速な生分解性を示し、産業資材として天然由来の新しい生分解性プラスチックとしての可能性も有ります。
さらに、メディカル材料としての可能性も検討しました。繊維芽細胞をケラチン圧縮成型フィルム上に播種した結果、細胞がフィルムに接着・増殖することを観察しました。ケラチン自身は細胞に対して毒性がなく、その圧縮成型フィルムは良好な細胞培養基質であることが分かりました。

 
4. カプセル
イオン性の異なる溶液の界面で複合体を形成するポリイオンコンプレックス法を用いて、ケラチン水溶液とキトサン水溶液とからケラチン-キトサンカプセルを試作しました(写真4)。このカプセル内にモデル薬物であるヘモグロビンを導入して徐放させることも可能で、ヘモグロビンの放出速度は、カプセル作製時のケラチン水溶液とキトサン水溶液の濃度に依存して変化しました。また、粒径を小さくすることでマイクロスケールのカプセルを作製することも可能でした。

 
5. スポンジ
塩を鋳型として圧縮加熱成形法を用いて、ケラチンスポンジ(多孔体)及び生分解性樹脂との複合スポンジを試作しました(写真5)。ケラチンスポンジの気孔率は塩とケラチンとの比率によって、細孔径は塩の粒子径によって制御できます。 また、このケラチンスポンジは、マウス由来の繊維芽細胞の培養において細胞の3次元的培養が可能でした。ラットによる動物実験では、細胞の増殖用の足場材(スキャホールド)として再生医療材料への応用展開の可能性があることが分りました(写真6)。

 

これら研究結果から、ケラチン蛋白質は、工業材料・バイオ基材・医療用材料などとして有望な材料であり、特に動物細胞の増殖用の足場材として再生医療材料への応用展開の可能性が有ることが分りました。