グローバル市場における日本企業のジレンマ
山田基成 記事更新日.07.02.01
名古屋大学 助教授 
■PROFILE
名古屋大学大学院経済学研究科助教授
1954年生まれ。
77年名古屋大学経済学部卒業。85年同大学大学院経済学研究科博士課程修了後、同大学助手となり、91年10月から現職。日本中小企業学会常任理事他委員として活動中。
専門は生産管理論、中小企業経営論。
「トヨタ生産方式の研究」「中小企業21世紀への展望」などの著書多数。

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この10年ほどの間に急速に普及した携帯電話は、今や我々の生活にとって欠かすことのできない道具となった。通話に始まり、インターネット通信、カメラ、おサイフ、各種チケット、テレビ番組視聴など、その機能はとどまることなく拡大し、まさにケータイを携帯していれば、日常生活には困らない世界が実現されつつある。こうした新たな機能やサービスを次々に導入する日本企業とエレクトロニクス技術の進歩には、ただ驚嘆するばかりであるが、考えてみれば軽薄短小が得意な日本人にとっては、携帯電話はその特技をいかんなく発揮できる格好の製品ともいえる。

■世界に通用しない日本の携帯電話

ところが、世界市場に目を転じると、そうした日本企業が高い市場シェアや利益を上げるにはほど遠い現実に直面する。世界シェアでみれば、約1/3をノキア(フィンランド)が占め、モトローラ(米国)、サムスン電子(韓国)がこれに続く。日本企業はエリクソン(スウェーデン)との合弁事業を行うソニーを除けば、すべてを足しても1割にさえ満たない。

国連貿易開発会議(UNCTAD)の2006年版「情報経済報告」によると、携帯電話の契約者数は全世界で21億7,118万人(前年比23.5%増)となり、今や総人口の3人に1人に普及した。しかも、途上国での利用が11億7,496万人と半数以上を占めている。つまり、これまで固定電話を引くことのできなかった貧しい地域への普及が急速に進んでおり、携帯電話は年に数億台のペースで拡大が見込まれる有望な分野である。しかしながら、その新たに携帯電話を購入する人のほとんどは、これまで電話さえかけたことがない人々であり、彼らが望む製品と日本企業が得意とする高機能の携帯電話との間には大きなギャップが存在する。

■日本企業が陥りつつあるジレンマ

携帯電話に限らず、多くの分野で有望視される新興国市場とは、その製品を生まれて初めて手にする人々である。お金の余裕さえれば高機能の商品を欲するのは誰でも同じだが、ほとんどは限られたお金をやり繰りして、より便利な生活を実現したいと考える人々である。日本でもつい数十年前はそうであったように、まずは最小限必要な機能を備えた安価な製品を求めている。日本企業にとって、そうした製品を造るのは技術的には易きことであるが、価格的に安く造ることができない、あるいはグローバル競争が激烈で利益が小さくてビジネスとしての魅力を感じず、次第に手を出さなくなりつつある。

その一方で国内市場では、薄型テレビあるいは洗濯機やエアコンなどの白物家電に代表されるように、高機能で相対的に高価格の製品が好まれ、企業にとっても1台当たりの利幅が大きいので、こうした製品への傾倒が進んでいる。そのこと自体は、顧客の求めるニーズや品質を弛まぬ改善努力で実現する行動として賞賛すべきものであるが、その努力をすればするほど世界市場との格差が拡大し、結果として地球レベルでみると、日本市場あるいは一部の先進国市場でしか購入されない製品に特化していく。最近の日本企業が陥りつつある大きなジレンマである。