安心・安全な電子商取引市場を目指して
その1:電子商取引市場の現状と基本的なルール 
沢田登志子 記事更新日.07.02.01
有限責任中間法人ECネットワーク  理事 
■PROFILE
1984年から2003年の間、経済産業省に在籍。1998年から2000年に電子商取引の消費者保護政策を担当。2003年4月から2006年3月に次世代電子商取引推進協議会(ECOM)主席研究員を務め、インターネット関連ADR実証実験「ネットショッピング紛争相談室」を運営する。2006年4月から有限責任中間法人ECネットワークを設立。電子商取引のトラブル事例、解決ノウハウを、ネット販売を行う事業者に還元している。

連絡先
〒101-0042 東京都千代田区神田東松下町45番地 神田金子ビル4F    
http://www.ecnetwork.jp/index.html  

■電子商取引市場は今

電子商取引市場が伸びています。株式会社野村総合研究所が公表した市場規模予測 (2006年12月)によれば、2006年度のB to C(消費者向け)電子商取引市場規模は3.8兆円、2007年度は4.4兆円と予測され、2011年度には6.4兆円にまで拡大すると予測されています。
業種別に見ると、「総合小売」が約8,300億円と最も大きな市場となっています。「電気製品」(約3,800億円)「宿泊・旅行」(約3,600億円)がそれに続きます。この2業種は、電子商取引化率(EC化率)1) も4%弱と、米国よりも高い水準です。

しかし、B to C市場全体で見ると、米国のEC化率2.4%に対し、日本は1.2%と、半分にとどまっています。「衣料」や「食料品」の分野では1%にも満たない比率です2) 。これは、今後これらの分野において、電子化が進展する余地が大いに残っていることを示唆しているとも考えられます。
電子商取引は、地方の中小企業にとって、あまりコストをかけず全国規模のビジネス展開が可能となる販売手段です。音楽やアニメなどのデジタルコンテンツだけでなく、地場の特産品や伝統工芸品など、海外の市場もターゲットにできる商材が日本にはまだたくさんあるのではないでしょうか。

<参考>
1)
取引の中で電子化されている割合=B to Cの場合は、インターネットによる販売割合       
2)
出典:経済産業省、次世代電子商取引推進協議会(ECOM)、IDC Japan株式会社「平成17年度電子商取引に関する市場調査」(2006年6月) (PDF版)      

■大切なのは信頼性

消費者サイドから見てみましょう。経済産業省等の調査3) では、消費者が電子商取引にメリットを感じるのは「いつでもどこでも購入できるから」というのが最も多い回答でした。外出しにくい高齢者や障害者、小さな子を持つお母さんや働く主婦にとっても大変便利なツールです。

では、どのようなショップが消費者の支持を得るのでしょうか。「どんな点を重視して購入するショップを決めますか」という問いに対し、最も多い回答は「商品の価格が安いこと」ですが、次にくるのは「ショップが信頼できること」という結果でした。4)  ネットショップを開設する側では、サイトのデザインや、写真がきれいに撮れているかどうかに気を取られてしまいがちですが、消費者は、それ以上に、「ショップの信頼性」を重視していることがわかります。リアルの店舗で商品を手に取って選ぶのとは異なり、売る人の顔が見えないネット取引は、消費者の信頼を得ることがとても大切なのです。

<参考>
3)
出典:参考3)に同じ       
4)
出典:株式会社オプト、ECネットワーク共同調査(2006年4月)       

■電子商取引のトラブルとは

その背景には、やはり「トラブル」があります。2003年〜2006年、次世代電子商取引推進協議会(ECOM)ネットショッピング紛争相談室が受けていた相談件数の推移を見ると、インターネット・ショッピングに関するトラブルの相談は、インターネット・オークションと比較すると徐々に落ち着いてきてはいるものの、年間400件ほど寄せられていました。

2006年4月以降は、同相談室の活動を引き継いで有限責任中間法人ECネットワークが発足し、同様に電子商取引に関するトラブル相談を受けています。ここでも、ネットショッピングに関するものを中心に、月に約60件の相談が寄せられています。  

電子商取引に関する相談全体で最も多いのは、「代金を先払いしたのに商品が送られてこない」というものです。消費者の不安も、このトラブルに対するものが多いと思われます。しかし、通常のネットショップでは、先払い以外の決済方法が用意されていることも多いので、「商品未受領」というトラブルはあまり多くはありません。「商品未受領」トラブルは、詐欺的なものを含め、主にオークションと海外取引で起こっているというのが最近の傾向です。但し、ショップの経営悪化などの事情によって商品を送れなくなるケースがあり、その場合は、同一のショップに対し、複数の相談が寄せられることも少なくありません。

次に多いのが「送られてきた商品に不満があるので返品したい」という相談です。ショップが消費者の要求通りに返品を受ければトラブルにはならない訳ですが、実際には、様々な理由でそれができないことも多く、トラブルに発展してしまうことがあります。

■そこで情報モラル

電子商取引市場が今後順調に拡大し、消費者も事業者もメリットを受けるためには、電子商取引市場が、誰にとっても安心して利用できるものでなくてはいけません。そのために、市場参加者は「情報モラル」を守ることが必要です。「情報モラル」は、「社会的公正(への配慮)」という言葉に置き換えることもできます。法律やガイドラインをはじめ、明文化されていないものも含めて様々な「ルール」をきちんと守ることが「社会的公正に配慮すること」であり、これによって初めて、信頼できる電子商取引市場が実現していくのです。

電子商取引に関する「ルール」の中でも重要なのは、消費者保護ルールです。ルールを守らなければならないのは売り手も買い手も同じですが、取引の条件を提示し、主導権を握る立場にあるのは、通常は売り手です。また、消費者は事業者に比べて、持っている情報が少なく、交渉などでも不利な立場に置かれることが一般的なので、様々なレベルで消費者保護ルールが定められています。

最も重いものは法律です。日本国民である以上、法を守らなければ罰せられます。その次に、「ガイドライン」や「行動規範」といわれるルールがあります。これに違反した場合は、所属する業界団体や自主規制機関から指導や勧告を受け、是正されなければ除名、というのがペナルティです。

もう1つ、ルールというにはやや違和感がありますが、重要なのが「顧客重視の姿勢」です。広い意味では、これも消費者保護において大切な役割を果たしています。そして同時に、事業者にとっては、他の事業者と差別化するための強い武器でもあるのです。

前述の通り、ネットショッピングを利用する消費者は、価格が安いショップを探すとともに、信頼できるショップかどうかを見て購入を決めています。ネット上で検索をすれば、たくさんのショップが表示されますから、一度トラブルになってイヤな思いをしたショップには、二度と注文をしないでしょう。それだけではなく、イヤな体験をした消費者がネット上の掲示板に書き込みをすれば瞬く間に悪評が広がり、売上に大きく影響することになります。これについては、後編で、実際のトラブル事例やその対処法などもご紹介しながら、もう少し触れてみたいと思います。

■電子商取引に関する法制度

さて前編の最後に、ルールの話のまとめとして、電子商取引を行う上で知っておいていただきたい法制度をご紹介します。ECOMサイト内の「やさしいEC法律入門」 というページには、Q&A方式での説明も載っていますので、併せてご参照ください。

ここでは、関連する法律を次の5つに分類してみました。消費者保護ルールはこの1つですが、その他にも、いろいろなルールがあります。法律の正式名称は長いので、ここではあえて、通常使われる省略形で記載します。詳細は、それぞれの条文や解説などをご参照ください。

1.取引に関する基本的な法律

取引に関して最も基本的なことは民法に定めがあります。「第1編 総則」や「第3編第2章 契約」が関係の深い部分です。契約がどの時点で成立するか、取引やその約束を「なかったこと」にできるのはどんな場合か、等について基本原則が定められています。他の法律に定めがあったり、当事者間で異なる合意をしたりしていない限り、民法の規定に則って解釈されます。ネットショップなど商人との取引については、法定利率や消滅時効等について商法が適用されます。

民法の特例法として、電子商取引に関して錯誤の主張と契約成立時期の定めを特別においたのが電子契約法(リンク先:PDF版)です。パソコン操作ミスなどによる契約無効の主張を容易にしています。

この他、法律ではありませんが、法的予測可能性を高めることを目的として、関連する様々な法律について、経済産業省が電子商取引に当てはめた場合の解釈指針を示しているのが電子商取引等に関する準則(リンク先:PDF版)です。

2.消費者保護のための法律

電子商取引は「通信販売」の1形態なので、特定商取引法上の指定商品・指定役務の販売に際しては、同法の通信販売に関する規制が適用されます。その主な内容は、表示義務と広告規制です。景品表示法にも、誇大広告の禁止などが定められています。

利用規約等で一方的に不利な条件を置いた場合、消費者契約法が適用され、契約全体や当該条項が無効とされる可能性があるので、注意が必要です。

3.販売に関する規制

取り扱う商品によって、「販売するには免許や届出が必要」「広告内容に特別の定めがある」「そもそも販売が禁止されている」などの規制があるものがあります。

4.情報の取扱い・権利の尊重に関する法律

顧客の個人情報は、注意深く取り扱わなければならないことは言うまでもありません。個人情報の取得に際して利用目的を明示しなければならない等の行為規範を定めているのが個人情報保護法です。また、承諾を得ずに広告メールを送る場合は、特定商取引法特定電子メール法に従った表示をする必要があります。

更に、電子商取引を通じた情報のやり取りにあたっては、取引の相手方(消費者)だけでなく、第三者の権利を侵害しないように気をつけなくてはいけません。従って、著作権法商標法についての知識も必要になります。また、プロバイダ責任制限法は、掲示板などへの書き込みが誹謗中傷や著作権侵害に当たるという主張がされた場合の掲示板運営者の責任について定めたもので、電子商取引サイト上に、誰でも自由に書き込める掲示板やブログなどを設けている場合には、この法律に定めるルールが適用されます。

5.ガイドラインなど

消費者保護や、望ましい商慣習の確立といった目的のために定められているルールですが、法的な意味での強制力や拘束力はありません。国際的には、1999年に経済協力開発機構(OECD)が電子商取引に関する消費者保護ガイドラインを公表しています。日本では、業界団体による自主ルールとして、社団法人日本通信販売協会の電子商取引ガイドラインがあり、有限責任中間法人ECネットワークでも、会員の守るべき規範及びトラブル解決の指針としてネット通販セラーズガイドを提案しています。