ストレスマネジメント
自分でケアできること 職場で予防できること
橋本尚美 記事更新日.07.11.01
橋本尚美事務所 代表 
■PROFILE
大学卒業後テレビ局、電話局に勤務。2000年に研修講師として独立。当初からメンタルヘルスの領域に取り組み、医療従事者や法曹関係者とは異なった視点でアプローチしている。 信条は「身につく能力開発がメンタルヘルスも向上する」。 研修の他に講演、執筆を展開。携帯web「デキル女診断PHP」にて『お悩み相談』の回答を連載中。

連絡先
橋本尚美事務所
〒460-0008 名古屋市中区栄5−19−31 T&Mビル3階
TEL 052-225-7401
〒104-0061 東京都中央区銀座2−12−3 ライトビル5階
TEL 050-7509-9259
E-mail nhoffice@nifty.com

■良いストレスもある
 「これ、手が空いた時にやっておいてくれる?」
 スズキ課長に言われ、新人のオオヤマさんは書類の束を受け取った。
 昨今の新人は、いつまでもルーキーではいられない。やることが案外たくさんある。しかし、手際と段取りはおぼつかないから仕事に追われることになり、就職した1年目から残業がちになる。
 スズキ課長は10日も過ぎた頃、オオヤマさんに声をかけた。
 「この前お願いした仕事、終わってるか?」
 「え?まだですよ」
 「……10日も前の仕事なのに、まだ終わってないの?」
 「だって、手が空いた時でいいって言われたから」      
こんなやりとりがないように、新人研修を担当する講師は納期を尋ねるように講義をしています。もっとも、新人に限らずベテランも似たような経験をしているのではないでしょうか。納期が明確に示されない仕事よりも、期日の厳守が求められる仕事を優先したくなる。これは「この日までにやらなくちゃ」というプレッシャーが、取り組みの後押しをしているからです。

職業人が普段交わす約束や契約はプレッシャー、緊張、不安がつきものです。これらを総称したものを私たちはストレスと呼んでいます。程よいストレスは自発性や生産性の向上に貢献してくれます。

しかし程よくないと病気につながりやすくなります。しかも、その程度は個人によって違いがあります。ある人にとってはつらくてたまらないのに、別の人は少ししんどいだけの場合がある。逆にいい刺激となってイキイキする人もいます。ストレスそのものが悪いのではなく、そのストレスに適応力があるかどうかの違いなのです。

ストレスを避けて生きていくことは不可能です。それなら、程よくないストレスとどう付き合っていくかを考えたほうが現実的でしょう。

■自分にできるケア
ストレスが強くかかったり、長引いたりすると私たちの心は消耗します。体を酷使しなくても体まで疲れていきます。心と体が擦り切れると、命に直結する身体疾患にかかることもあります。最悪の場合、自殺の引き金になりかねないことは、巷間、過労死の報道から知るところでしょう。

そんなことにならないためには、程よくないストレスを受けると自分にはどんな兆候が出るのか、知っておくことです。
私の場合、喉にやってきます。喉がひんやりと冷たくなるのです。やがて鈍く痛み出します。この程度は我慢できるのですが、放っておくと鋭く痛み出し、声がかすれて思うように話せなくなります。講師業にとって致命的です。一見すると風邪の症状に似ているのですが、私の場合、“純粋に”風邪をひくとまず鼻にくるのです。

さて、喉がひんやりしてきたらどうするか。私には決まった儀式があります。それはクリームをた〜っぷり使ったケーキを食べること。それも1つではありません。2つ、多いときは3つをペロリとたいらげます。

人前で話すことを生業にしている私にとって、喉がやられるのは仕事になりません。でも、喉が冷たくなるとケーキを心置きなく食べられるのです。「あ、喉が冷たい」→「ラッキー!ケーキが食べられる」という楽しみをあえて設定することで、程よくないストレスを緩和しています。そのため普段はケーキに近づきません。出されたら付き合いの一環として食べるくらいです。普段は他の洋菓子や和菓子で済ませて、喉が冷えたときの楽しみにとっておいています。
 

職業人は仕事の責任を負ううちに、気づかぬところで心と体に負担をかけています。ストレスを受けて表れる兆候は、「無理しているよ」「休んだら?」という内なる声です。薬や治療とは別の、自分を楽しませるとっておきのケアは、個人レベルでできるストレス対策としてお勧めします。

■職業人のストレス調査
この棒グラフは、仕事や職業生活での強い不安、悩み、ストレスの内容別労働者割合です。厚生労働省が5年ごとに調査発表しています。トップ3は「職場の人間関係の問題」「仕事の量の問題」「仕事の質の問題」。仕事の「質」よりも「量」が先行していることにご注目。時間のキャパシティから仕事があふれているのです。

インターネットの導入と進歩は仕事のスピードを格段に上げました。しかも相手からの反応も速くなっているため、仕事はいつまでも続いていきます。パソコンを使っていなかった頃の1時間と、今の1時間ではこなす仕事量がまるで違うのです。それだけ今のほうが疲れやすいといえるでしょう。
人件費を抑制するために人員削減が常態化しています。しかし減らし方に無理はないでしょうか。組織の体力に見合わない成長を期待しても、やがてほころびが出てくるもの。マネジメント全体を錯覚しないためにも、肝心なのは組織の体力を上げた人員削減の実現です。

■職場でできるストレスマネジメント
組織の体力を上げるのは教育です。できないことは、やり方が分からないからできずにいることが多々あります。これは業務に特化した能力開発に限ったことではありません。コミュニケーションのとり方も含みます。日常会話はともかくとして、職場のコミュニケーションは成長過程で自然と身につけるものではなくなっているからです。
職業人が抱えているストレスを以下に抜粋してみました。

「自分は他部署で実績を上げて昇進。部下の仕事について門外漢のため、進捗に対してアドバイスができない。つい『キミに任せるよ』といった当たり障りのない発言に終始し、無能な上司と思われていないか不安だ」

「残業をしたり休日出勤をしたり早朝出勤をしたりして、何とか納期に間に合わせたら『キミならもっとやれる』と上司から新たに仕事を振られた。いつもクタクタで疲れが取れない」

「希望の仕事をしたくて実績を出そうと必死に頑張った。しかし、念願だったプロジェクトのメンバーになったのは、日頃、チンタラ仕事をしている同僚。上司に『人には向き不向きがあるから。キミは何でもできるから今のまま頑張れ』と言われ燃え尽きた」

「みんなと本音で仲良くやっていきたいが、ほとんど反応してくれない人がいる。たまに話してくれる内容はこっちには理解不能。仕方ないから話題の糸口にならないかと自分のことをしゃべるしかない。不公平な気がしてイライラする」

「みんなの輪に加わりたいが、しゃべりかけられても話が続かない。『遠慮しないで何でも話して』と言われるが、相手の遠慮のない言葉に傷ついている」

「相手の無神経さが気になるけれど、波風を立てずにやっていきたいので、メールを工夫して書いて仕事だけはきちんとやるよう頑張っている。こんな気持ちが分かってもらえないようでつらい」

「何でもメールで済まそうとする若手との付き合い方に困っている。お互いの違いを認め合うのが大切だと思って、こっちから飲みに誘い、極力コミュニケーションを図っている。しかし、だんだん断られるようになり、避けられているみたいで面白くない」

 「遠慮しているのに強引に飲みに連れていかれる。相手の話に同意しないと、途端に不機嫌な態度をとられるから息苦しくてかなわない。人間関係をこじらせないよう、退社後まで気を遣うのに参っている」

「仕事が速くて正確な部下に指導する出番が見つからず、上司としてのプライドが傷つき面白くない。この部下についつい冷たく当たってしまう自分が嫌だ」

「上司への報告連絡相談が大事と言われているが、自分のほうが仕事に精通してしまい、相談にのってもらえない。会話の機会を増やすほど、溝が広がっていく感じがしてやりづらい」

「取引先の仕事の進め方が変わってしまい、自分が第一線にいた頃のやり方が通じない。部下に助言できないことにいらだち、『努力が足りない』といった声高の叱咤をしてしまう」

「仕事の進め方に不合理な点があり、残業につながる遠因となっている。改善策を提案したいが生意気だと思われそうで、言えずに我慢ばかりしている」

「問題意識が薄く、なあなあで済ませたがる上司に進言したら『協調性がない』と激昂されて、仕事を干されてしまった」

小手先の要領の良さは仕事の手抜きにつながりがちです。しかし、真に個人の成果が上がることは、達成感や責任感を喚起します。それが組織における自分の役割は何か、自分とつながっている対象への貢献とは何か、考えるようになっていくのです。協調性とはこれまでと一緒、みんなと一緒、足並みを揃えることではありません。自分は誰かの役に立とう、組織のために力を尽くそうと行動することが真の協調性です。

一日のうちで長い時間をあてる仕事を通じて、人は成長を実感したいと無意識に抱いています。成長とはできなかったことができるようになること。そのための教育なのです。

もっとも、我流に任せた部下同士のOJTでは限界があります。管理職の成功体験が、今のビジネスモデルに合わないこともあります。部下も上司も、役割にかなった学びの機会をつくり、個々の能力を上げていくことが少数の人員でも筋肉質の組織をつくるのです。

部下あるいは上司自身がメンタルヘルスの不調を発症した場合の対処について、下記のセミナーで解説します。

 11月19日(月)
【第1部】 心の病気を未然に防ぐには 10:00∼13:00
【第2部】 発症した場合の対応と対策 14:00∼17:00
 ※一括受講、個別受講を選択できます。

  主催:りそな総合研究所
  電話:03-3242-7341
  http://www.rri.co.jp/seminar/tokyo/pdf/07-11-05.pdf