「中小企業の人事考課制度」導入のポイント
荻須清司 記事更新日.08.09.01
名古屋ワークスマネジメントオフィス 代表
■PROFILE
中小企業診断士 特定社会保険労務士 行政書士 キャリアコンサルタント(CDA)
1963年愛知県生まれ
大手住宅設備機器メーカーを経て住宅エクステリアメーカーの人事労務・企業法務に長年従事する。その間、株式公開や企業買収、海外現地法人設立などの業務にも携わる。
2005年名古屋ワークスマネジメントオフィスを開設。中小企業の経営改善、組織活性化、人事労務コンサルティング業務を行うとともに、中小企業大学校をはじめとした経営・人事研修の講師としても活躍中。
・オギス行政書士オフィス 代表
・経済産業省経済産業研修所講師
・中小企業大学校東京校・関西校講師
・(財)名古屋都市産業振興公社 経営担当マネージャー
・(財)あいち産業振興機構 登録診断員
・さいたま市産業創造財団 登録専門家
・徳島県商工会連合会 登録診断員
・名古屋市産業立地促進助成事業認定審査会 審査委員  
 
連絡先  
名古屋ワークスマネジメントオフィス
〒467-0056 愛知県名古屋市瑞穂区白砂町5−80−2
TEL 052-740-5911 FAX 050-7770-8041
E-mail consult-nw@yk.commufa.jp

■人事考課制度の役割と位置づけ

右肩上がりの経済成長が終わり、日本中の企業が人事考課制度の改革に乗り出したのは、バブル経済が崩壊して数年経った1990年代半ばぐらいからでした。大企業は、こぞって成果主義を取り入れはじめ、その姿を見ていた中小企業は、盲目的に追随しました。

しかし、成果主義は思うようには定着せず、年功主義から家出をしたはずの企業が、いつしか途方にくれて、年功主義に戻ってくる現象すら起きています。

一方、成果主義に振り回されなかった企業はどうかといえば、こちらからも「人事考課基準をバランスよく精緻化し、社員への事前説明も十分に行ったけれども思うように業績が上がらない。人も育っていない。」といった声が多く聞こえてきます。

これは一体どういうことなのでしょうか。うまくいっていないのは、人事考課制度の仕組みそのものに共通した問題があるからなのでしょうか。それとも運用において問題があるからなのでしょうか。   

それでは、まずは「正しい人事考課制度の導入」のために、中小企業に共通した人事考課制度の問題点を見ていただき、本来あるべき「人事考課制度の役割と位置づけ」について理解を深めていただきたいと思います。

   ●人事考課制度の役割とは
 皆さんは、人事考課制度の役割についてどう捉えていらっしゃいますか。そもそも人事考課制度は、賃金や賞与などの処遇に結びつけるためにあるのでしょうか。それとも適材適所の判断材料に使うためにあるのでしょうか。これらは、いずれも狭義の役割として考えれば間違ってはいませんし、必要な考え方です。

しかし、人事考課制度の本質的役割を考えると、「経営戦略を後押し、組織の目的を達成できるよう人材を育成すること 」にほかなりません。この本質的役割に目を背け、人事考課制度を小手先の道具としか考えていない企業は、「業績も上がらないし、人も育たない」という弱みを常に抱えることになるのです。

   ●うまくいっていない企業の特徴は2つ
それでは、考課制度がうまくいっていない中小企業に共通する特徴を見ていきましょう。その特徴というのは、ずばり問題点なのですが、次の【図1】に示すように大きく2つあります。

 問題点@:「人事考課制度」が「経営戦略」からブレークダウンされていないこと      
     
本来であれば、「経営理念・ビジョン」を受けた「経営戦略」を遂行していくために「人事方針(人事戦略)」が打ち出され、その方針が「人事考課制度」に注入されるべきです。しかし、単独の制度になっているため、戦略を後押しする「人材育成」は難しい状況です。よって業績はなかなか上がりません。
 問題点A:「処遇制度」を運用するために「人事考課制度」を後付けで作っていること      
     
本来であれば、「人事考課制度」を受けて「処遇制度」が作られるべきです。そうでなければ、「人材育成」の軸がぶれてしまいます。しかし、多くの中小企業は、はじめに賃金制度などの「処遇制度」を手っ取り早く作ってから、後付で「人事考課制度」を作るという本末転倒パターンになっているため、処遇による「人材育成」は空振りが多くなるのです。

つまり、「人事考課制度」を「人材育成」という位置づけではなく、「小手先の道具」として位置づけている中小企業は、成果主義を導入しようが、考課制度を精緻化しようが、業績も上がらないし、人も育たないのです。

   ●「人事考課制度」の位置づけ
では、本来「人事考課制度」の位置づけはどうあるべきなのでしょうか。
それを示したのが次の【図2】になります。繰り返しになりますが、人事考課制度の本質的役割は、「経営戦略を後押し、組織の目的を達成できるよう人材を育成すること 」です。言い換えると、経営戦略を達成しうる人材を育て、あるべき行動を促すために、その実現手段として「人事考課制度」が存在するということになります。
見てお分かりになるように、経営理念から人事考課・処遇制度まで一本筋が通っています。経営理念・ビジョンをベースに経営戦略が打ち出され、その経営戦略を後押しできるよう、どんな方針で、どんな人材を育てるのかを明確にした人事組織方針を打ち出します。そしてその方向性を実現するための人事考課制度を構築し、その制度をさらに賃金や賞与などの処遇につなげていくのです。

これをご覧いただいて、【図1】との違いが明確になったのではないでしょうか。中小企業の多くが、いかに誤った「人事考課制度」の位置づけをしているのかをご理解いただけたと思います。

■人事考課制度の導入ポイント

それでは、「正しい人事考課制度の導入」をサポートするための「6つのポイント」について述べさせていただきます。紙面の関係で、詳細に触れることはできませんが、中小企業における人事考課制度導入の際の一助にしていただければと思います。

 ●ポイント1.人事考課制度の導入手順
実際の人事考課制度の導入にあたって、手順の一例を示します。特に重要なのは、一番初めの「1.人事基本方針の検討・方向性の決定」です。このフェーズでは経営者がリーダーになって、経営幹部と積極的に意見交換していく必要があります。このフェーズで手抜きをしてしまうと、あとに続くフェーズがすべてぶれてしまいます。  

 1.人事基本方針の検討・方向性の決定
     (1) 人事戦略の構築   
 
       ・  
経営戦略を受けて、どういう人材を育てていくのか
       ・  
どの部門にどういう人材を配置するのか(採用・異動)
       ・  
そのためには、どういう教育制度を導入すべきなのか
     (2) 人事フレームの検討   
       ・  
職種・職群・等級制度・役職などをどうしていくのか
       ・  
そしてそれをどう組み合わせていくのか
     (3) 考課制度の方針の検討   
       ・  
どんな人事考課要素・項目を設定するのか
       ・  
目標管理制度、面接制度などはどうするのか
       ・  
制度運営における透明性・納得性・公平性はどうクリアするのか
     (4) 報酬制度のフレーム検討と報酬制度への展開を検討   
       ・  
月給(昇給含む)、賞与、退職金、昇進・昇格などの報酬制度のフレームをどうするのか(現在の制度を加工するのか、新たに構築するのか)、その報酬制度にどのようにつなげて展開していくのか
     (5) サポート制度の方針検討   
       ・  
職種別・階層別教育体系・計画、人事異動、社内規程・マニュアルの整備、福利厚生のフレームなどの検討
 2.社内意見交換・勉強会
    
上記1.「人事基本方針の検討・方向性の決定」を経て、社員との意見交換会・勉強会の実施
 3.人事考課制度の決定
    
人事考課要素・項目、目標管理制度、面接制度などの制度を決定
 4.報酬制度のフレーム決定と報酬制度への展開を決定
    
人事考課制度から報酬制度への展開をするため、月給制度(賃金体系・賃金形態、昇給・昇格)、賞与制度、退職金制度を見直し、報酬制度のフレームを決定
 5.社員勉強会実施
    
管理職は経営幹部勉強会・考課者訓練、一般職は勉強会・被考課者訓練を実施
 6.運用開始(テスト運用を兼ねて、最初の1年目で問題点を拾い、修正を繰り返す)
 7.本格運用
 ●ポイント2.考課要素・項目の設定
考課要素・項目の設定例について次の【図3】に示します。
人事考課の基準となるものを「考課要素」、「考課項目」といいます。絶対的な定義ではありませんが、「業績」、「能力」、「態度」などの大分類的なものを「考課要素」といい、「考課要素」を細分化した「企画力」や「協調性」などを「考課項目」と区別することが多いようです。だだし、企業によっては、違う定義をしているところもあります。

さて、この設定のポイントは、@「経営理念・ビジョン」→「経営戦略」→「人事方針」から導かれる「あるべき社員像」にマッチしているかどうか、A現場の課題を反映しているかどうかです。

ここでは、標準的な、「業績」、「能力」、「情意(態度)」という「考課要素」で示してみます。さらに、細目の「考課項目」に対して職掌別にウェイト(加重)付けもしましたので、参考にしてください。なお、この例では職種が考慮されていませんが、職種によりウェイトを変えても良いと思います。

【図3】「考課要素・項目と職掌別ウェイト」の例
考課要素 考課項目 基準となる考え方 職掌別ウェイト
初級職 中級職 上級職



仕事の質 @正確さA緻密さB手段適合性C後始末 ×
仕事の量 @量AスピードB納期 ×
改善工夫 仕事の方法改善工夫 ×
重点目標 個人の重点目標達成度合い
業務達成 個人の通常業務達成度合い
指導・育成 部下・他部門への指導育成成果 ×
連携度 部署内、部署間、社外との連携度・情報共有度






業務知識 担当業務の基礎知識、実務知識
能力・技能 担当業務の処理能力




理解力 状況を把握し、正確に理解する能力 ×
判断力 状況を把握し、結論を導き出す能力 ×
決断力 状況を把握し、より的確な結論を下す能力 ×
企画力 目的達成のためにアイデア・情報を駆使し、効果的な計画を構築する能力 ×
折衝力 交渉技術、コミュニケーション能力 ×
調整力 全体を調整し、まとめ上げていく能力 ×
指導力 部下の仕事・能力を効果的に指導・育成する能力 ×
統率力 部・課などのグループを掌握し、効果的に指導・統率する能力 × ×
権限委譲力 適切な権限委譲を行い、業務円滑化と業務フォローによる部下を育成する能力 ×



規律性 @服務規律の遵守A職場秩序の維持向上 ×
協調性 @チームワークA他部署、他の社員への協力姿勢 ×
積極性 @作業の能動性A挑戦意欲・姿勢 ×
責任感 業務完遂姿勢 ×
◇ウェイトの記号の意味
◎:ウェイトを高く設定、〇:ウェイトを低く設定、×:考課対象外

◇ウェイト付けの考え方
初級職:主として基本的な能力開発・育成を図る
中級職:一層の能力開発をベースに、業績をあげる意識の醸成を図る
上級職:個人の業績を強く反映し、経営者的意識の醸成を図る
ただし、留意しなければならないのは、業績考課において結果に至るプロセスもきちんと評価する仕組みを盛り込んでおくことです。このプロセス評価がないと、「人材育成」という軸がぶれてしまい、「当たり前のことを当たり前に、きっちりやっていく」ということができない社員ばかりになっていきます。目標に向かって努力するプロセスも合わせて評価して、初めて会社の発展の礎となる人材育成ができるのです。
 ●ポイント3.絶対考課と相対考課
人事考課の評価法には、絶対考課と相対考課の2つの方法がありますが、どのように考えればよいのでしょうか。次の【図4】にそれぞれのメリットとデメリットおよび活用範囲を示してみます。
【図4】「絶対考課と相対考課のメリット、デメリット」
  絶対考課 相対考課
メリット 客観性や公平さを目指す場合に不可欠 現実的で現場の序列をつけやすい
デメリット ・理想的なところがあるので序列がつけにくい
・考課者により評価がぶれる
母集団が少ないと有利、不利が発生しやすい
活用目的 人材育成・能力開発、適性把握に適す 賃金配分、昇進・昇格に適す
人材育成を第一の目的とする人事考課であれば、客観的な尺度による絶対考課が大前提となります。しかし、財務的な健全経営のためには、現実的な原資の内で配分をせざるを得ないので、実際には絶対考課をベースとし、それをもとに目的に応じて相対考課を活用することになります。
 ●ポイント4.考課者のエラー防止
多くの企業が、考課者の陥りやすい考課エラー(これを「評定誤差」といいます。)の防止対策に頭を悩ませています。

評定誤差には、ハロー効果、寛大化傾向、中心化傾向、近接誤差、論理的誤差、対比誤差などがあります。これらの詳細と防止対策については、専門書に譲ることとしますが、評定誤差を可能な限り少なくするために、考課者を対象にした考課研修(これを「考課者訓練」といいます。)は必ず実施するようにしてください。

その際のポイントは、受講者共通の事例演習と併せて、実際の部下を想定した人事考課演習も行うことです。そうすることで、部下に対するフィードバック面接のトレーニングも進めることができ、実践的な準備ができます。また、人事考課のばらつきをグループとして調整する演習も行えば、実践での調整場面でたいへん役に立ちます。

 ●ポイント5.フィードバックの実施
人事考課制度を正常に機能させるためになくてはならないのが、考課のフィードバックです。このフィードバックが重要であるというのは、当然のことながら「人材育成」に結びつける必要があるからですが、全国に支社・営業所を展開しているような「名の通った大企業」でも、まったくフィードバックを実施していないお粗末なところも結構見受けられます。

フィードバックのポイントは、ただ話し合えばよいということではなく、「今後の業績向上と社員本人の能力開発・育成のために行うこと」を忘れないことです。そして、フィードバックする上司は、社員の成長意欲を盛り上げるように配慮することが必要です。  

今回は、人事考課シートや目標面接シートの工夫まで言及できませんが、面接シートには、能力開発・育成欄を設けたり、社員の希望・業務目標、考課者の助言内容などが記入できる欄を設けたりして、きめ細かい能力開発を展開していくことが求められます。

 ●ポイント6.一つの人事考課を目的別に活用する
最後になりますが、中小企業にとっては、「人材育成」、「月例賃金」、「賞与」、「昇進・昇格」などの目的に応じて、その都度別々の人事考課を実施するだけの人的余力はありません。

従って、年2回の賞与考課などの際に、すべての考課要素・項目について考課を行っておき、その後の配置・異動、人材育成、昇進・昇格、月例賃金・昇給など、それぞれの目的に応じて適切な考課要素・項目の考課結果をチョイスしていく、といった効率的な運営を目指すべきです。

参考までに、次の【図5】に、一般職を例にとった「目的別考課要素の適用」を示しておきます。職掌のレベルや職種によってもこの適用ウェイトは当然変わってきますので、企業のおかれている立場に応じて柔軟に考えてみてください。

【図5】「目的別考課要素の適用」の例(一般職)
業績考課 能力考課 情意考課 自己申告
配置・異動
人材育成
昇進・昇格
月例賃金・昇給
賞与
◎:重点的に適用、○:補助的に適用、△:例外的に適用