「IT活用による中小企業の経営力強化」
井上 新 記事更新日.09.02.02
井上新経営会計事務所 所長
株式会社ACM 代表取締役
■PROFILE
税理士 中小企業診断士 ITコーディネータ

1956年1月1日生まれ。
青山学院大学大学院経営学研究科修了
東海学園大学大学院経営研究科客員教授
名古屋税理士会熱田支部支部長
日本税理士会連合会情報システム委員会臨時委員
総務省 電子政府推進員
経済産業省  J−SaaS普及指導員
NPO法人ITC中部 理事
熱田税務連絡協議会 会長
中小企業診断協会愛知県支部理事 ほか
2004年より電子申告普及一筋で全国講演活動をしている。  
 
連絡先  
井上新経営会計事務所
〒470-1151 愛知県豊明市前後町鎗ケ名1818外山ビル4F
TEL 0562−92−8720  FAX 0562−92−8748
H P  http://www.iarata.com
E-mail arata@iarata.com
昨年のアメリカの金融危機に端を発した世界経済は「100年に一度」の経済危機と言われています。中小企業経営者にとって、ここしばらくはITに気を回す余力はなく、ましてや、「IT活用による中小企業の経営力強化」などと言うのは禁句とされても仕方のないご時世なのかもしれません。実際先日、先進的であった関与先の中小企業経営者から、「当社はIT活用を進めてきたが、いっこうに結果が出ない。このご時世ゆえにしばらくIT化は棚上げしたい。」というお話がありました。しかし、ここで、「今、ITの有効活用を進めるすることが「100年に一度の躍進のチャンス」となる可能性もあるので、継続してほしい。」と説得しました。ピンチをチャンスにすることのできる経営者こそ、真の経営者といえましょう。今この時期にITに注目することは、中小企業にとって最優先すべきことなのです。

数ヶ月前まで飛ぶ鳥を落とす勢いのあったトヨタ自動車の業績が好調であったのは「見える化」によるものでした。今は世界経済に影響されてしばらくは不調と予想されていますが、企業の基礎体力を築いたのは、数字による「見える化」です。中小企業の効率化もここに最大の目的があるのですが、ITをうまく活用されてない中小企業にとって「見える化」「数値化」は人手間がかかるだけになりかねません。大企業がコツコツと努力して効率化しているのにかかわらず、経営資源の乏しい中小企業がIT活用を避けていたらますます差がつき、生き残り競争に勝てません。勝つためには、中小企業こそIT活用が経営戦略上の最優先課題です。

書店にいき、IT本のコーナーやIT雑誌を見ていくと、成功事例が数多く掲載されています。そこで、一般的に中小企業経営者は、ITを活用すれば経営力向上に寄与するものであることを漠然と知らされています。また、情報化を急がなければ、「取引の効率化を加速する大手からの取引の打ち切り/減少」 、「顧客の離反」 、「競争力の喪失」などにつながるとの危機感も背景にあり、焦りを感じて、IT活用導入を模索するケースも少なくありません。

しかし、現実には日本国のIT活用、特に中小企業のIT活用は遅れているのが現状です。これは、設備投資に必要な金額や、社内にIT人材を抱えることができないなどの理由から、中小企業のIT活用が中途半端になってしまってることが最大の原因です。特に、零細企業に焦点を当ててみると、経済産業省の実態調査によれば、「パソコン普及率」「ブロードバンド環境」「オフィス系ソフト」「電子メール」「セキュリティ」の普及は高いが、財務会計、給与管理などの業務用ソフトの面では、従業員20人付近にひとつのIT普及の壁が見られるとのことです。零細企業は情報化の遅れにより市場から淘汰される可能性もあります。

そもそも、中小企業は99%トップ次第で会社の命運が決まります。その中小企業において会社トップが理解していないものを導入して、うまくいくことはありません。今や国内のインターネット人口は8,800万人を突破し、全人口の7割が何らかの形でインターネットを利用し、ネット社会の恩恵を誰もが受けている時代です。中小企業においてもほとんどの企業がパソコンは所有しています。しかし、ITを企業として競争力を発揮できるほど経営効率化に役立てているところはまだまだ僅かというのが現実です。ここに、中小企業経営者の強い意思決定が求められます。

これらのことを踏まえて、IT活用の成功のポイントは、次の優先順位で考えられます。
1)社長・トップの明確な意思決定・経営方針(自社の強みを更に強化するためにITを使う)
2)ITの分かる人材・担当者を育成する(ITを道具として使う感覚のある人材)
3)経営者発想に可能な限り合わせたIT活用(業務プロセスに合わせて変えていく)
4)IT投資を考えるのでなく、知恵でこなすIT(安価で簡易なソフト・サービスの活用)
5)公的支援策の活用、IT専門家等の支援(経営者の立場から、懇意な外部人材に支援を仰ぎ、融資・補助・減税など支援策を活用する)

ここで、参考までに、公的支援施策(主な制度)を列挙します。
 ●
<融資制度>中小企業の情報化(IT化)投資に対する融資制度
   
株式会社日本政策金融公庫の情報化投資融資制度(IT活用促進資金) 
http://www.c.jfc.go.jp/jpn/search/40.html
・中小企業のIT化促進のため、情報化投資を構成する設備投資、ソフトウエアの取得必要資金、デジタルコンテンツ関連技術の活用に係る資金、運転資金等に対する貸付制度。
 
 ●
<リース>IT機器を安価で導入する方法
   
戦略的情報化機器等整備事業
http://www.n-i-c.or.jp (財団法人全国中小企業情報化促進センター=NIC)
・ 低リース料率での戦略的情報化機器、プログラムの導入を支援。NICが国から補助金を受け、情報化機器等の購入に必要な資金を指定リース会社に無利子で預託し、指定リース会社が中小企業者に低リース料率でリースする支援策。
 
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<税制>情報関連の設備投資を行った場合の税制措置
   
産業競争力のための情報基盤強化税制
http://www.nta.go.jp (国税庁、国税局または税務署の税務相談窓口)
・基本システム(OS)、データベース管理ソフトウエア、連携ソフトウエア、ファイアーウォールなどの設備に対して、取得価格の70%に対して10%の税額控除または50%の特別償却ができる。
 
その他、中小企業のIT活用に関連する国の支援策はいくつかあり、積極的に利用し、申請する前向きな姿勢が大切です。

中小企業のIT活用の救世主となるSaaS?

確かに、この厳しい時代に中小企業が生き残るためにはIT活用は避けて通れません。しかし、IT投資が先行し、ITのための人材育成が必要では、中小企業がついていけないのは資金力の面から明らかです。そこで、中小企業の悩みであるIT活用の阻害要因の多くを払拭できる仕組みがSaaSだと考えます。

かつて、アメリカでニコラス・G・カーという雑誌編集者が、「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」と言う著書を出し話題になりました。「企業向けコンピュータシステムは、その効果が大げさに宣伝されているが、企業が成功するためには大して重要ではない」(2003.5ハーバードビジネスレビュー他)と論じ、アメリカのIT業界から袋叩きになりました。しかし、現在ではインターネットの環境が整備され技術も進み、潤沢なインフラが提供されるようになったために、クラウドコンピューティング時代が到来しつつあります。経営戦略上大切なIT活用を、前述のカー氏の論のようにお金をつかわず実現する時代が来ます。SaaSはその一面と捉えることができます。

SaaSとは、Software as a Serviceの略で、直訳すれば「サービスとしてのソフトウェア」です。ソフトウエアをサービスとして提供するソフトウェアの新しい販売形態です。具体的には、従来のライセンスを取得させてパッケージソフトを販売し収入を得るのではなく、ソフトウェア機能をインターネットなどを通じて「サービス」として提供し、月額使用料という形態で収入を得る事業モデルです。すなわち、ソフトウエアもデータもインターネットの接続先サーバにあり、使いたいものだけ使う。利用側がそのために必要なのはパソコンとインターネットの環境だけ。したがって、IT初期投資もいらず、バージョンアップもサーバ側のほうで管理し、特別なIT人材を育てる必要もなくなります。

IT設備等を「所有」するのではなく、借りて「利用」するという感覚になります。すなわち、SaaSは、例えば、昔は井戸を掘ったが、今は水道水で蛇口をひねって使った分だけ利用料を支払う、あるいは、発電機を買わずに電線から電気を使った分だけ電気料を支払うというイメージです。

国は電子政府構想においてSaaS化を全面的に支援しています。総務省・内閣官房IT室・経済産業省等は、SaaSにより電子政府構想の高度化、ITの利活用の活性化をするという諸構想を打ち出しています。特に、経済産業省は、中小企業のIT経営を推進するに当たり、中小企業のデジタルディバイドを少しでもなくすために、SaaS事業を「J-SaaS」とネーミングし、積極的に推進しています。

経済産業省のSaaS活用基盤整備事業の概要は、主に従業員数20人以下の小規模企業を対象として、財務会計などバックオフィス業務から電子申告までを一貫して行える、便利なワンストップサービス(SaaS活用型サービス)を官民連携して構築・普及するというものです。同時に、中小企業の会計力・経営力向上と電子申請の活用を促進するという事業です。平成21年3月以降、各アプリケーションがリリースされます。

J-SaaS導入のメリットは、「@簡単に利用できる。(PCとインターネット接続環境があればよい)A初期投資が少なくて済む(ハードウェア、ソフトウェアの購入が不要)B高度なITスキルを持った人材は不要。Cデータの管理について、安心 / 安全な環境を提供されている。D導入するための充実したサポート体制も用意されている。」などがあげられています。  

また、会計処理上のメリットもあります。平成20年4月1日以降開始した事業年度から「リース取引に関する会計基準」が改定されました。リースを使ってハードウエアを所有(賃貸料などの科目で費用処理)していた企業も、リース物件を「オン・バランス処理」することが義務付けられたため、資産として計上しなければならなくなりました。しかし、SaaSのようなサービスの使用料の毎月定額タイプの支払いであれば、経費計上できます。

これらのメリットから、SaaSは中小企業にとって、IT活用の救世主となる可能性は高いと考えられます。現実には経済産業省のアプリケーションソフトが、市場に浸透し、バージョンアップもされて使いやすいものになるには、数年の時間を必要とすると予測されます。しかし、中小企業にとって数年のうちにSaaSシステムでITを活用していく時代が必ず来るものと確信しています。

以上の検討も踏まえ、中小企業のIT導入活用方法には、現在3つの方法が選択が考えられます。「プログラム開発」「パッケージソフト導入」「SaaS等のサービス利用」。今後、中小企業のIT活用は、コスト面、人材面からSaaS形式が望ましいことは確かです。一面では、中小企業がオリジナリティを活かし、独自性を発揮する場合は、SaaS利用が必ずしも良いとは限りません。しかし、現在のような先行き不透明時代においては、SaaSでIT活用して企業の競争力をつけ、経営戦略的余裕資金が豊富になったところで、オリジナリティを要する部分をプログラム開発から取り組むと言う方法も考えられます。いずれにしても、中小企業経営者には、この時期だからこそIT活用に精力注ぎ、この厳しい時代を乗り切っていただきたいと祈念いたします。