経済不況下における中小企業のIT構築
伊藤 実 記事更新日.09.03.02
伊藤経営事務所 代表
■PROFILE
中小企業診断士、ITコーディネータ、品質マネジメントシステム審査員補、ISMS審査員補他

1949年4月9日生まれ、1972年3月中部工業大学卒
三菱電機インフォメーションシステムズ(株)を08年10月に退社、
経営コンサルタントして独立。
NPO法人 ITC中部 理事
中小企業診断協会愛知県支部所属
経済産業省 J−SaaS普及指導員
(財)あいち産業推進機構の登録専門家
(財)岐阜県産業経済振興センターの登録専門家  

■はじめに

昨年アメリカの金融危機に端を発した経済危機は、「100年に一度」と言われて、過去に例を見ない世界的な規模での経済不況となっています。  

各国は、この経済危機を乗り切るためにいろいろな施策を行おうとしていますが、日本は政治的な混乱に足を引っ張られて、思うように経済危機打開の施策が打てないでいます。内閣府が、2月16日に発表した2008年10月から12月期のGDPは、前期(7月から9月期)比年率12.7%の減と大幅な落ち込みです。特にこの東海地域は、トヨタの経営落ち込みの影響は大きく、平日も工場を休業しています。このため、多くの中小企業では受注が大きく落ち込み、経営が苦しい状況です。  

しかし、この経済不況はいつまでも続くわけではありません。経済の専門家でも意見は大きく分かれますが、過去の経済不況を見てもいつかは経済回復します。この経済危機にあっても、時折元気な中小企業の事例を放送されることはうれしくなります。それならば、この際、3年後・5年後の中長期経営を真剣に考えてみる良い機会ではないでしょうか。

このような企業環境では、中小企業はIT構築どころではないと思われている経営者は多いかも知れませんが、この経済不況をチャンスと考えて、次を見据えた経営戦略を考えておられる経営者も多いと思います。その経営戦略を実現するためには、ITを抜いては実現が難しいのではないでしょうか。

1.中小企業のIT化の状況

経済危機の話はさておき、中小企業のITの現状はどうか。
中小企業白書によれば、「ITが普及する中で、企業をとりまく経済環境は変化しています。しかし、大企業に比べて中小企業ではITの広まりがもたらしている経営環境への変化への認識が弱い」と述べています。特に、「ITの普及に伴う経営環境の変化の認識」で、中小企業は、20.9%が特段の変化はないと答えています。

さらに、中小企業白書では、IT投資やITの活用における課題として、上位4つは以下の項目を挙げています。
      (1)  自社に適したIT人材が不足している:41.2%
      (2)  IT関係の設備投資にあてる初期投資コストの負担:33.7%
      (3)  社員のIT活用能力、ITリテラシーが不足している:32.4%
      (4)  IT投資の効果算定が難しく、IT投資額の判断ができない:27.6%  

中小企業の経営者は、製造業なら生産活動に、流通業なら販売活動に注力され、本業以外のIT構築・IT利活用についての意識が普段から薄いと思われます。特に、普段の経営マネジメント活動で、自らITを操作しない経営者が多く、こうした経営者は、ITのことは、部下に任せきりの状況をではないかと推測します。  

このような企業環境の中で、この経済危機を乗り切る経営戦略を検討される場合に、やはりIT利活用が置き去りにされるのではないかと危惧します。ぜひ、経営戦略を検討された際に、中小企業の経営者には、経営戦略をスピーディに実現するIT経営に気づいて頂きたいと思います。

2.IT化の前の経営戦略

先に述べたように、現在、多くの中小企業経営者はこの経済危機をどう対処するのか真剣に考えています。コンサルタントが指導するような、形にはまったやり方かどうかは別にして、経営者が経営危機に立ち向かうために日々考えていることが経営戦略の検討であり立案です。
  
(1)経営戦略の考え方
IT戦略またはIT導入の前に、この経済危機を乗り越えるために「どのようにして儲けるか?」が中小企業にとっては、最大の経営課題です。

この不況にあって元気な企業の事例として、過去に経験した不況の際に、ほとんどを自動車産業に頼っていた中小企業が、独自の技術を利用してその他の産業分野へ進出した話しがテレビで放映されていました。この不況を克服することは、中小企業が自社を見つめなおし、企業改革を行うチャンスです。
 

  
(2)経営戦略
今まで、培ってきた技術や顧客を見つめ直し、景気が回復した際の自社のポジションを描いて、改革を推進することが重要です。

社長の下に、営業部門、技術部門、製造部門、品管部門などが、ばらばらに行ってきた取り組みを情報共有し、連携し合って新しい市場、顧客、技術を確立していくことが求められます。こうした活動の中から、経営者の「気づき」があり、経営課題が見えてくるし、幹部社員と危機意識を共有できます。

具体的な、進め方は、図1にあるように、ITコーディネータ協会がだしている資料などを参考に進めて頂きたいと思います。自社だけでは進め方がわからない中小企業は、あいち産業振興機構などが行うITの専門家派遣事業などを利用して見るのも良いです。

3.IT戦略<開発から購入、利用へ>

現在、オフコンユーザが多く残っています。その多くは、自社独自システムを開発し、利用している企業が多い。こうした企業に聞くと、「ERPパッケージは当社には、合わないので使えない」との答えを聞きます。確かに、汎用品として作られたシステムであり、中小企業の標準化が遅れた会社には、業務上の例外事項が多くそのままでは使いにくいシステムとなります。  

したがって、ITを導入するまえに、現場の標準化を如何に行うかが重要であるが、一度、手作りでシステムを構築し、それに慣れたユーザの不満や抵抗が大きい。  

この時期に、全社上げて、業務システムの改善活動を実践するチャンスです。但し、注意しなければいけない点は、ITを入れるために業務システムの改善を行うのではなく、仕事の効率化を図り会社が生き残るために行うことを関係者に徹底します。

  
(1)不況に役だつ情報系システム
基幹システム、販売、生産などのシステムを再構築するのは、費用と時間がかかります。したがって、今からじっくり経営戦略実現に向けて検討を開始します。それと、平行して、比較的安価にスピーディに実現する情報系システムの構築を勧めたいです。

この経済危機を乗り越えるには、新しい技術・製品や新しい販路・顧客を開拓することが重要です。こうしたケースでは、社内の商談情報や顧客情報を一元管理して情報共有を図ることが重要です。  

たとえば、販売管理はIT化されているが、その前の段階のIT化は大きく遅れている。これは、IT化が行いやすく、そのシステムが効果を上げやすい請求処理業務(数値処理中心)などをシステム化することが中心であったからです。  

営業活動(マーケィング、顧客訪問、販売方法など)などの非定型業務は、数値以外の文書情報を必要とするため、今までIT化が遅れていたが、新しいIT技術の利用により比較的簡単に実現できるようになってきており、中小企業でも安く利用できる時代です。  

これらの特徴は、従来のITの数値計算中心の利用から、文書情報の利用に変化してきていることによります。営業が伝えたい顧客の研究している情報や、知りたい品質情報やクレーム情報などを、企業として再利用可能な情報として蓄積し、社員が共有できるようにすることが重要です。蓄積された情報には、経営戦略実現のための新しいビジネスのヒントが多く眠っています。  

多くの中小企業でも、少しパソコンができる社員は、独自にエクセルなどを駆使してデータベース化していたりします。しかし、IT部門担当者は、基幹業務システムの運用を行うことが本分として、こうした現場のIT化に積極的ではありませんでした。
 

  
(2)IT部門の担当者
中小企業白書にあるように、ITの課題として自社に適したIT人材が不足していると答えた中小企業が41.2%で最も多い。「餅屋は餅屋」の考えで、最新のIT開発技術などはITベンダーに任せて、ユーザのIT利活用を促進する担当者に位置づけるのが良いです。

IT担当者は、サーバー室から現場に出ます。たとえば営業部門の現場でシステムのサポートを行い、その中からIT化するべきであるもののIT開発計画を立てます。  

中小企業のIT利用の成熟度は、IT担当者が現場に出て指導を行い、現場でIT教育することで向上させるべきです。この点では、現場の人からは、頼られる存在でなければなりません。  

IT担当者がいない中小企業も多いが、IT利活用を促進するには、現場の若い社員をIT関係のキーマンにして、十分IT利活用は推進できます。
 

  
(3)ITシステムの検討
中小企業白書にあるように、ITの課題として、IT関係の設備投資に当てる初期投資コストの負担と答えた中小企業が33.7%もあり、無理のないITパッケージの選択が必要です。

中小企業で使える情報共有化のITツールは、営業系であれば顧客管理システム(CRM)や、営業支援システム(SFA)などが販売されています。社内の情報共有に、グループウェアを利用して企業の活性化を図っている企業もあります。このようなパッケージシステムの中には、無料で利用できるシステムも数多く存在します。  

最近では、SaaS型のシステムも注目を集めており、このシステムの特徴は、利用契約すれば1端末数千円と安価に利用できることです。経済産業省が、J−SaaSを今年の3月以降本格利用を始めるので利用するのも良いです。

これからのITシステムは、出来るだけ自分で作らずに購入、または、利用することに主眼をおいて、スピーディで安価なシステムを構築(利用)することが重要です。

 お勧めするIT構築(再構築)のステップとして、   
    第一ステップ:社内活性化(社員活性化)のためのグループウェアやメールの活用   
    第ニステップ:顧客関係強化のためのCRMSFAの利用   
    第三ステップ:全社上げて経営戦略の実現のための統合化システムの構築

4.まとめ

ITのシステム構築と言うと、生産管理システムや販売管理システムなどをイメージしますが、中長期的な検討の上に、再構築を行うべきであり安易なシステムの構築は避けるべきです。しかし、この経済危機を乗り切るためには、経営戦略に沿った新しいITが必要であり、出来るだけ早く有効な成果を導くITでなければなりません。  

よく大企業の社長が、現場・現場と言われるが、社内を活性化させるWebの利用(社内イントラ、グループウェア)や、営業情報、製品情報、品質情報などをデータベース化することは、現場が見えるようにすることであり、その結果、新しい商談・製品・技術開発のヒントが生まれて経営戦略の実現に近づきます。この点では、大企業も中小企業も同じです。

最後に、最近気に入った言葉を紹介したいと思います。

セネカ(古代ローマの政治家・哲学者)が「幸運は、準備と機会が巡り合った時に訪れる」といっています。この経済危機が回復したときに、幸運に巡り合うチャンスが訪れる中小企業は、今この時期に新しいビジネスモデルの実現準備をしている中小企業だと思います。