アジア新興国に大きな市場が開けている(第2回)
星野 博賢 記事更新日.11.06.01
有限会社HATテクノ 代表取締役
■PROFILE
1941年大阪府生まれ  国際アドバイザー&経営コンサルタントとして、海外進出企業の経営指導、技術指導、人材育成に取組むとともに、企業、経営者団体の研修セミナー講師として活躍中。
現在、急激な経営環境変化の中で、一歩踏み出せる人材を育成するために「企業人・人間力」の教育・育成に力を入れている。
■連絡先
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■生産拠点から販売市場へ
アジア地域は、日本、中国、NIES,ASEAN等が国境を越えた分業生産体制の構築に成功して製造業付加価値額で世界トップの地位を確立し、高いGDP成長率を達成してきたことにより今や「世界の消費市場」として期待されるようになっています。
図ー4は、「アジアの世帯可処分所得別の家計人口推移」を示しています。


2000年から2008年の間に、「5,001〜15,000ドル」の層が、1.6億人から7.5億人へ5.9億人増となり中間層(5,001〜35,000ドル)人口が急増しています。消費が必需品から自由裁量品(奢侈品)へ移る所得の限界が5,000ドル近辺と言われ、中間層人口の増加が、高機能・高品質製品を得意とする日本産業の消費市場として大きな注目を集めるわけです。
また、2010年通商白書によれば、2020年には、アジアの中間層は20億人に、富裕層は3.3億人(内:日本は1億人)に拡大すると推定されています。
購買意欲の旺盛なアジア新興国の中間層・富裕層を含めたアジアの内需拡大の中に、販売市場を求め生産活動を組み込んで アジアとともに成長していくことが期待されているのです。

■販売市場を取り込むために
アジア新興国・地域を販売市場に位置付ける動きが加速していることは、この地域への日本の輸出が先進国に比して急回復していることからも分りますが、この地域が低価格販売市場であることに加えて金融危機後の急激な円高昂進と相まって、現地生産化の動きが急加速しているのも現状の特徴です。
新興国市場向け専用製品の開発と現地部材調達を伴う現地生産化による大幅なコスト削減を実現してこの地域への参入とシェア拡大を図ろうとする試みが、新聞紙上に盛んに 報道されています。
トヨタがインドで生産を開始した新興国向け専用車「エティオス」は、現地道路事情やインド人の車の使い方を徹底的に研究して、使用部品を吟味し部品点数を減らし、現地製の安い部品採用率を7割まで高め、販売価格を半減したと報道されています。しかも関係者の発言として 現地で調達する部品の品質には自信があると報道されています。
また、別の紙面にはホンダが近い将来 タイ製オートバイを2〜3割安価に日本で販売するとも報道されています。
これらの大企業は既に長い海外生産の経験と実績の中で、新興国での低コスト生産を可能にし且つ高い品質レベルのものづくり体制を作り上げて来ています。 
大企業は、新興国での積極的な事業展開の準備が整いつつあると言えるでしょう。

■中小企業の海外事業展開は遅れています
中小企業は、直接投資、輸出を含めて海外事業展開の比率が小さいといわれています。
図−5は、従業員規模に対する輸出企業割合、直接投資企業割合を示していますが、従業員数が501−1000規模の企業でも、輸出企業:35%、海外直接投資企業:20%の低率になっています。


大企業をピラミットの頂点にして、中小企業の多くがその傘下に連なって日本国内で生産活動に専念する企業構造から、中小企業も独自の製品力や技術力を生かして アジア新興国・地域を販売市場と位置付けて新たな活力を取り込んで発展することが期待されているのです。 

■日本・サービス業の活動エリアは国内中心です
また、日本のサービス業の「対GDPシェア」は 約70%と製造業を上回って ほぼ欧米先進国と同等ですが、海外直接投資残高に占めるサービス業のシェアは、約40%で、欧米先進国に比して大変小さい数値です。

日本の場合は海外への直接投資資産残高は、製造業が圧倒的に大きく、サービス業の海外展開が遅れています。
これは 海外への直接投資が大企業中心の製造業によって進められてきた歴史的背景によるものと思われます。   
日本のサービス業は国内事業が主体で、中小企業・製造業に対して 海外市場、特にアジア新興国市場への海外事業の拡大・発展の積極的なリード役機能を果たして来たとは言えません。
図−6には中国のサービス業のデータも掲示してありますが、名目GDPに占めるサービス業シェアが約40%ですが海外直接投資残高シェアは80%を示しています。この主要業種は、リース及びビジネスサービス:30%、金融:20%、卸売・小売業:16%、鉱業:12%、運輸・倉庫:8%等で、製造業:5%と小さく、日本の業種構造と対象的です。

■中小企業にも大きな海外展開のチャンスがあります
既に述べたように、中小企業の海外事業への取組は大企業に比べて遅れています(図−5参照)。また、サービス業の海外展開も遅れており、サービス業が強力に中小企業の海外事業展開を支援する体制が整っているとは言えません。
国内に中心を置く日本・サービス業の海外展開加速と中小企業の海外事業支援体制の強化が待たれるところです。
一方、中小企業・製造業の方々には、持っている製品力や技術力を活かして事業拡大できる市場が 海外に、特に地理的に近いアジア新興国に大きく開かれていることを理解して新たな活力源として頂きたいと思うのです。
現在既に貿易業務を実施している中小企業 及び 既に海外へ直接投資を行っている企業に対する「国際化と企業活動に関するアンケート」の調査報告を 中小企業白書2010年版 から見ることにしましょう。

このアンケート調査報告から、取組の前後でみられた変化について見ておきましょう。

(1)開始前に「海外市場の情報収集」が最大のウエイトを占めていましたが、特に直接投資企業のポイント低下からみると進出後に大きな問題は発生しなかったものと思われます。
(2)販売市場の実態、販売チャンネル開拓は、予想通り開始後も最大のテーマであり意外に手ごわい(?)。市場に並ぶ製品は「とにかく安い」。また、現地販売チャンネルは価格と品質だけでは開拓出来ない(?)。現地人との信頼関係の構築を如何に進めるかが課題であると思われます。
(3)輸出には、低価格化が大きな課題で、日本国内でのコスト削減を如何に進めるかが最重要課題である事が想定されます。大企業が、新興国向け専用仕様の開発、現地調達と現地生産化を加速する中で、中小企業が日本国内のみでコストダウンを実現することは困難になりつつあります。新興国の安価なコストを如何に組み込むかが大きな課題ではないでしょうか。新製品開発活動の拡充がテーマとなっており、低価格化のために新製品開発を迫られていることが想定されます。
(4)直接投資企業にとっては、マーケティングと販売チャンネル構築 及び社員教育とコスト削減が大きな課題です。新製品開発活動の拡充や先端技術・設備の導入は重要課題ではありません。既に手の内にある製品の選択と既存の設備と生産方式で、現地人の訓練により合理的に生産することが重要な課題になります。

新興国市場の消費者は、私ども日本人がその経済発展の歴史の中で既に歩んできた段階を歩んでいます。 その地域の消費者が何を求めているかを現地に足を運んで調べ、事業者の皆さんが過去に作った製品モデルも含めた製品系列の中から、「何を取り出して作り、販売するかを選び出す」ことが重要な課題になります。
アンケート結果報告に、「新製品開発活動の拡充」の数値が極めて小さいのはこのためだと思われます。

■一つの事例を紹介しましょう
タイ国において取組んだ 排水用水中ポンプの事例をお話しましょう。新興国には、水田用水路の整備されていない水田が多く、水田に水を汲み上げる農事用ポンプや ビル&工場建設現場の湧水を排水する工事現場用ポンプが多く稼働しています。日本の数十年前の姿がそのまま再現されているのです。
日本では既にこれらの現場が消えて、この種のポンプは設備用、水中固定用に主要用途が変わり、防錆、防水漏電対策など高品質・高機能型仕様となり高価格製品になりました。
新興国へはこの日本標準品が輸出されて現地の店頭に並んでいますが、現地人にとっては過剰機能・過剰品質且つ手の出ない高価格で販売されていた市場の実態を知り、日本の2世代前の仕様製品をそのまま製造して、販売することを試みて成功しました。
図面庫に眠っていた図面を取り出して、部品材料は現地で製造可能なものに変え、金型は現地調達としました。
長寿命化のためのメカニカルシール、安全対策としてのケーブル加硫部品のみ日本製を採用した結果、日本製と同等の品質評価を得て、半値以下の価格設定を実現して 大きな市場シエアを取り込むことに成功したのです。
これは、現地市場の実態を時間をかけて、広範囲に、都市部では盛んなビルや工場の工事現場をまた農村部では川やため池から水田に農業用水を汲みあげる現場を調査した結果から、現地ニーズの違いを見出して、日本が経験済みの製品を選び出して生産・販売に踏み切ったものでした。  
タイは既に産業集積が進んでおり、多くの工業部品を現地で調達できる環境があり、徹底的な現地材料、部品の現地化をはかり、重要な機能部品は高価な日本製を組み合わせたことで「低コストと高品質」を実現できた成功例でした。この事例は「新規の開発なし」、「現地の材料、部品、金型を使う」、「重要な機能部品は日本製部品を使う」を実践したものですが 日本で長い製造経験を持つ人達には難しいことではないでしょう。

(7月1日更新)