分光・可視化技術でエネルギーの地平を拓く!
北川邦行 記事更新日.06.12.25
名古屋大学エコトピア科学研究所   副所長 
■PROFILE
エコトピア科学研究所 エネルギー科学研究部門教授、工学博士    
<最終学歴>  
名古屋大学大学院工学研究科博士前期課程 修了  
<職歴>  
1973 年 (株)日立製作所 計測器事業部 那珂工場  
1975 年 名古屋大学大学院工学研究科  
1994 年 名古屋大学高温エネルギー変換研究センター  
2002 年 名古屋大学高効率エネルギー変換研究センター  
2004 年 エコトピア科学研究機構  
2005 年 エコトピア科学研究所    
<所属学会>  
日本分光学会 , 日本化学会、化学工学会、燃焼学会、 AIAA  
<専門分野>  
応用計測化学  
<研究テーマ>  
エネルギー変換システムに関する化学計測  
<研究概要>
エネルギー変換技術を最適化するため、燃焼炎の二次元化学種計測を発光分光法、およびレーザー蛍光分光法等を用いた計測技術の研究・開発を行っている。また、バイオマス、バイオウェイストから水熱反応を用いて水素などの燃料生成、および関連研究として燃料電池の被毒特性の改善などを行っている。    

連絡先  
名古屋大学 エコトピア科学研究所  
〒464-8603 名古屋市千種区不老町  
TEL 052-789-3915  
http://www.esi.nagoya-u.ac.jp/

石油や石炭を燃やして電気にする火力発電は、エネルギー変換の身近な例である。今、エネルギーに関連して、二酸化炭素等排出による温暖化等の環境問題、原油価格高騰にみる資源問題など、大きな課題を抱えていることは周知のことである。

今回は、分光や可視化技術などの研究を通じ、燃焼などのエネルギー変換のソリューションに取り組む、名古屋大学エコトピア科学研究所 副所長 北川邦行教授の研究室を訪問した(取材は(財)科学技術交流財団 出口和光、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)松山豊が担当)。  
■電子回路は趣味、化学を本業に?
― まず、先生がどのようなご研究の道のりを歩まれたのか、ご紹介ください
北川 そうですね。まず私は、中学生時代から真空管で電子回路を作ったりして、もともと電気に関心が高かったのです。大学に入るときに、好きな電気は趣味にしておこうと考え、当時、花形産業であった応用化学を選びました。
― 優秀な人は、みな化学の会社へ行った時代ですね
北川 そうですね。それで私は、大学では微量元素の分析やその装置開発などの研究をし、その後、日立製作所の計測器事業部那珂工場で、旋盤加工等のものづくりの実習を経て、分光を利用した微量元素の分析装置の研究開発に従事しました。
― 分光というと、光のスペクトルを観察して、光ったり吸収されたりしている波長から元素を特定する分析ですね
■分析器を開発し全国へ営業
北川 その当時は、水銀公害の水俣病が社会的な問題になっていて、0.5ppb(ppbは1g中に10億分の1gの濃度を示す)というような極微量な水銀を、魚や髪の毛から、ダイレクトに分析できる装置を開発して、全国をまわって営業もいたしましたよ(笑)。
― 先生が営業もされたのですか!
北川 この装置は、今でも進化した商品としてラインナップされています。こうした企業での経験は、今、大学で研究装置を開発したり企業と共同研究したりするうえで役に立っていると思います。たとえば今、私のいる研究所の中で学生や技官も含めて旋盤加工がいちばん上手いのは私ではないでしょうか(笑)。計測装置の研究では、新しい装置や回路を自分でつくれることが大きな強みになります。
■燃焼を二次元で計測、可視化する
― 現在、先生が取り組まれている研究についてお教えください
北川 大きく3つのテーマがあります。まずひとつ目は、先ほどもご紹介した分光の計測技術を利用し、燃焼という現象を分子レベルで、それも2次元で計測して可視化する研究です。
― 2次元ということは、燃焼している状況を面的にとらえるのでしょうか?
北川 そうですね。波長可変のレーザービームを、燃焼している空間に照射して、1秒間に30回、高速CCDカメラで測定します。そこでOHラジカルといった燃焼に関連する分子が、どのように分布していて時間的に挙動するのかを目で見てわかるようにして解析するのです。

平面レーザー誘起蛍光法により
観測した火炎中のOHラジカルの分布例

― 燃えるという化学現象は、生活や自動車のエンジンなど身近な現象ですが、なかなかその実態はわかっていないのですね
北川 たとえば、どのような条件にしたらエンジンから煤や有害物質が出ないようにできるのかとか、焼き物でいえば、名人が登り窯の中の炎をみながら温度分布や炎の酸化や還元を操って鮮やかな作品をつくるとか、経験や勘によるところが多いですね。
■核融合の火、燃料電池の水を操るための可視化研究
北川 岐阜に核融合研究所がありますが、こことも連携して研究を進めています。今、核融合の火はともすことが可能であることが見えてきたのですが、別の問題が出てきています。それは、超高温度のプラズマが炉の壁にあたって生ずる不都合をどのようにしたらいいのか、という問題です。プラズマの挙動がわからないと、火はともったものの、制御してエネルギーとして取り出すことができなくなります。このような領域にも連携して取り組んでいます。
― なるほど
北川 また、燃料電池は、今後家庭でも利用が期待されるエネルギーですが、その中でも高分子電解質型の燃料電池に利用されている高分子膜(ナフィオン膜)中の現象が重要な問題になっています。この膜の中で、水分がどのような分布になっているのか、可視化する研究もしています。さらに空気中の湿度の分布を可視化し、部屋の湿度や工業製品の湿度管理に利用するカメラも開発しています。ゆくゆくは、例えば、手術室で使う笑気ガスのもれや、有機物質の可視化で有害物質の被爆を避けるような可視化技術の研究を進めていくことが重要と考えています。
■畜産や食品の廃棄物を処理する水熱反応の展開
― 次のご研究はどのようなものでしょうか
北川 二つ目の分野としては、バイオマスの処理・エネルギー変換についての研究です。バイオマスといってもいろいろありますが、問題になっているのは産業廃棄物、なかでも畜産の糞や豆腐に使ったオカラなど食品の廃棄物等の処理です。ごみの処理法に、ガス化溶融炉という技術がありますが、水分を飛ばすためのエネルギーが必要であり、また、燃焼しても炭素は二酸化炭素として放出されてしまいます。水分の多い畜産や水産、食品等の廃棄物処理は難しい点があります。
― メタンガスを発酵させて燃やすのはいかがですか
北川 メタンガスを発生させてもガスとなる部分は限られており、その残渣の処理が問題になります。またガスは硫黄を含んでいて、ガスタービンを痛めたり除去処理に手間がかかったりと難しい面があります。そこで、水熱反応を利用してバイオマスを分解する研究を進めています。
廃棄物を入れた容器を完全に密閉し、200気圧・数百度に熱してやると亜臨界や超臨界といった状態になり、水素やメタンなどの燃料ガスが得られ、硫黄化合物などの有害物の発生を抑えることが できます。

図 水熱プロセスによる廃棄物類からの高純度燃料の獲得

― これは究極の技術ではないですか
北川 高圧の装置が必要であり、工業化という点ではなかなか究極かどうかは検討が必要ですね。バイオ関係ではJSTのプロジェクトで、アジア地区のバイオ廃棄物の活用プロジェクトも進めています。アジア科学技術協力の戦略的推進というプロジェクトで、アジア地域に大量に存在する農産・畜産廃棄物や増大する食品廃棄物などの生物系廃棄物(バイオウェイスト)に対して、その循環型利用、エネルギー資源化を推進するプロジェクトです。 
■省エネ薄膜型照明パネルの開発
― 財団法人科学技術交流財団で進めている共同研究があるとお聞きしますが
北川 テーマは省エネ薄膜型照明パネルの開発で、蛍光灯を用いた看板や照明の問題点を解決するため、高輝度型の白色LED(発光ダイオード)を用い、特殊な信号制御などにより、省エネルギー、高寿命、産業廃棄物の減少をはかる省エネ薄膜型照明パネルを民間企業と共同開発するものです。

■企業と連携する研究開発をどう進めるか
― 先生のご研究は、企業との接点が近いですね
北川 そうですね。私自身が、企業で計測器の営業までしたくらいですから企業と付き合うことに抵抗はありません(笑)。企業との共同研究では、高温空気燃焼炉の燃焼状態を計測したNEDOプロジェクトがあります。この炉は、高炉で溶かした鉄の湯を一度固めて、再び圧延する前に加熱するためのものです。蓄熱体を使って、空気を1,000℃以上にしてNOxの低減や30%以上もエネルギー効率をあげたものです。この炉の燃焼状況をOHラジカルなどの分子分布を2次元で計測して、可視化して分析しました。
― 効率を30%も上げるというのはすごい技術ですね
北川 高温表面温度のビデオもNEDOプロジェクトで、この地域の陶磁器メーカーと開発して売り出しました。これは、炉の中の温度分布を分析するもので、製品開発はうまくいったのですが、この企業は計測器を売ったことがないのでうまく事業として成り立ちませんでした。そのうち、企業の経営方針が変わってこの事業は縮小してきたので、京都のベンチャー企業に事業を移していきました。
― 技術では成功したが販売やその意欲に問題があった・・・
北川 最初からベンチャー企業と共同開発を実施する手もあったのですが、問題は、NEDOの資金の場合、例えば1億円くらいのプロジェクト予算のうち、3割はベンチャー企業も負担しないといけないのです。その資金が準備できないベンチャーが多いのです。そのような際に資金を支援する団体や金融機関があってもいいと思うのですがなかなかないですね。
― ベンチャー企業はプロジェクトが終了するまでの運転資金に苦慮するという話は聞きますね
北川 また、大学にもコーディネーターといわれる人がいますが、もっと強力なプロジェクトオフィサーというような、いくつかの企業を組み合わせて事業を立ち上げていく、という機能や人もなかなかこの地域にはいないですね。
― どのような産学連携が名古屋にはあっているのでしょうか
北川 大手企業が中小企業やベンチャー企業の技術力をうまく活用していくのがいいのではないでしょうか。そこに大学の研究成果も利用していくことが大事です。こうした事業をコーディネートする人材が必要ではないでしょうか。
― なかなかそうした人材はいないのでしょうか
北川 そうですね。大企業さんの中にはいらっしゃるのでしょうが・・・。開発だけでなく、たとえば、鉄鋼やエネルギー分野で企画・戦略などやっていた人がいいのではないでしょうか。
― 企業文化というのも少し違いますか
北川 そうですね。世界的な自動車産業とそれを支える産業があり、ここだけでも食べられることもあり、広い視野にたって他地域と連携しようとか、もしくはそれができる企業が少ないようにも感じます。たとえば、私の研究に利用するような装置を作るハイテクの光学系の企業は関東に行かなければないですね。
北川 企業の問題だけではなく、大学の問題もあります。名古屋大学では、制度的には教員が大学発ベンチャーの役員になることはできるのですが、実際にはなかなか認められていない。他大学等では、教員がベンチャーの社長に続々となっています。赤崎先生のような日本を代表する産学連携の実績があるのに残念なことです。
― 連携は、言うのは簡単ですが形としていくには難しいですね
北川 先ほどのアジア科学技術協力の戦略的推進プロジェクトでもそうです。まず、相手を尊重し理解しようという姿勢を出すことで、パートナーシップができるのだと思います。日本も契約が重視される社会になりましたが、アジアは人を重視します。韓国のパートナーとは酒を酌み交わして心が通うのです。インドネシアのパートナーも現地のジャワ語をこちらが話したとたんに話が進みました。同じだと思います。産学連携でも相手を理解しようという姿勢を示して、人と人とで結んでいくことも重要だと思います。
― 先生のお話は、このほか自給自足や物質観、仏教など限りなくありましたが、残念ながら割愛させていただきます。ありがとうございました。