「技術力」とは「考える力」

代表取締役 坂井 真一

記事更新日.2015.12

株式会社東栄超硬  http://www.touei-choko.com/

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株式会社東栄超硬
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大手企業でもできない技術を持つ超硬加工メーカー

「値下げ交渉するなら、この仕事はお断りする」。
こう言って、株式会社東栄超硬の創業者坂井二郎氏は業界大手からの仕事を突っぱねた。 超硬リングゲージの加工依頼。リングゲージとは2個1組で使用される測定治具で、1つには加工寸法のリングが、もう1つには許容誤差だけわずかに小さなリングがあいており、加工物が大きいリングに通過し、小さいリングに通過しなければ、その加工物が誤差範囲内の精度がある、と保証される。したがって、その加工精度は高いレベルが要求され、金属自体のひずみすらも考慮して加工しなければならない場合もある。

突っぱねたこのリングゲージ。1年後、他の加工先を見つけられず困り果てた取引先から再度加工依頼があり、以前よりも高い単価での受注に成功することになる。



鞄潔h超硬の創業は1981年。創業者は大手金型メーカーで勤務する中、当時話題になりだした「超硬合金」に事業性を感じ、超硬加工メーカーで加工技術を身につけた後独立する。
創業当時から加工技術は評判となりオーダーも増えていったが「自分の目の届かない仕事はしたくない」との想いから、拡張志向ではなく「いいものを作る」という技術志向で、治工具、ゲージ、金型部品などの精密研削加工を得意とする企業であった。


創業者の考える「技術力」とは「考える力」。

ミクロン単位の精密研削加工においては、加工時に発生するわずかな金属のゆがみやたわみさえも加工誤差となる。いかにして加工物に負担をかけないよう、「加工物にとって何がいい状態なのか」を考え抜いて、独創的な加工方法を試行錯誤しながら完成させ、技術力を磨いた。

多くのマシンを使用することで、多工程加工に対応しその中で精度を実現していくことが当社の強みである。超硬加工を行う企業は増えているが、多工程を自社内でこなし最終的な部品全体としての精度を確保していくという「部品加工の全体最適」を実現することで精度を実現させている。


創業者の技術をもとに後継者が「非超硬ユーザー」への提案に成功

当社に転機が訪れたのは8年前。創業者の息子である坂井真一氏が入社した。

「父は職人気質で、私が生産材の大手専門商社へ入社したこともあり、当社を一代限りと考えていたようです。ですから、『親子』という理由で後継に入るという話をした際には大反対をされました。悩んだ末、尊敬していた当時の上司の様な一流のビジネスマンになりたいという想いから『ビジネスマンとして成長するために、父親が経営者である、ということを息子である自分にそれを特権として使わせて欲しい』と伝えました。自分の息子が成長したいと願うのに、またそのステージがあるのに協力を惜しむ親はいない、と。これが功を奏したのか、後継を許されたのが8年前です。お互いが納得した上での事業承継でしたので、お互いの意思を尊重しながら非常に円滑に事業承継が出来たと思います。」と当時を振り返る坂井社長。

入社後、現社長が営業畑であったことから、それまでほとんど力を入れていなかった営業活動に力を入れ始める。

技術力の高さに自信を持っていたものの、今まで営業をした事がない小さな町工場が大手企業に営業に行く事にはじめは不安も多かった。しかし、数点の加工サンプルを持って実際に大手企業に訪問すると、加工サンプルの精度に高い評価を頂き、外部からの評価を実感することになる。

ところがこうした企業では、すでに超硬加工を受注している競合先があり、技術面では高い評価をされるものの、採算面が課題となってしまう。改めて市場リサーチをしてみると、現状はほとんど超硬の扱いがないが、摩耗やたわみなどの課題があり、こうした課題に対し超硬材料を使用することで解決したいしたいというニーズを持つ企業が意外と多くあることがわかってきた。そこで、そうした企業に対し「具体的にどのように超硬材料を使用し、加工すれば解決できるのか」という提案をしていこうと考えた。

「1件あたりのオーダー数は少ないのですが、技術力を評価していただける企業様から多くお声がけいただけるため、こうした提案を通じて非超硬ユーザーを超硬ユーザーにしていければと思っています。
提案ノウハウも積み上がり、今ではホームページ経由で新たなオファーをいただくことが非常に多くなってきています」とのこと。

創業者の頃は売上の7割が1社の自動車メーカー向けであったのが、現在では自動車関連を中心に30社ほどの取引先へと拡がっている。


「挑戦すること」の大切さを実感した「ほこ×たて」参戦

リーマンショック後の長引く停滞感から脱するキッカケが巡ってきたのは2年前。TV番組「ほこ×たて」への参加である。

これまで大手ドリルメーカーや加工メーカーが6戦し歯が立たなかった日本タングステン製の「絶対穴の開かない金属」に、地元の工具メーカーをはじめとする「中小企業連合軍」の一員として挑戦する企画であった。参加企業は、設計、加工装置、制御システムなどそれぞれの得意技を担当する中、当社は勝敗に直接関わる「ドリル製造」に携わった。結果は見事完勝。中小企業の技術力の結集が、難攻不落と言われた金属に風穴を開けた。

「当初は『ほこ×たて』に出演できるという事で、当社の様な町工場が有名番組に出演できるという事自体に喜んでいました。しかし、対決直前までの参加企業の皆さんの勝負に対する真剣さ、自社の技術に対するプライドを目の当たりにし、『このままではいけない。もっと新しい事に挑戦していかなければいけない!』という強い焦りを感じました。」「そこからは動きが早かったです。展示会出展、経営革新計画の取得、補助金申請など今まで取り組んだ事のない事にどんどん挑戦していきました。」真剣に考え、動く事で必ず反応が返ってくる。停滞感が払拭され、会社が前進している雰囲気が社内に生まれてきた。



「考える力」の継承に苦戦

経営の一切を任された坂井社長ではあるが、技術力の向上と人材育成には頭を悩ませる。
「当社は創業者の独創的な加工技術で評判をとってきた企業でしたので、創業者自身が技術を確立し、社員がその技術を受け継いで加工する、ということを長年続けてきていました。特段の技術のベースを持たない私が独創的な加工の発想ができるわけでもなく、そうなると現状加工に携わっている社員に『考えて』もらう必要がでてきます。しかしながら、創業者のやり方が良くも悪くも徹底していたため、就任当初は『今までの様なトップダウンのやり方ではなく、組織として今までの技術を伝承しながら全員で高めていこう』と言っても社員は戸惑うばかりでした。しかし、価格面だけでなく納期面や品質面でも海外に負け始めているともいわれている現在、資本力のない我々は『問題解決力』及びそれを発揮するための人間力が勝負となってくると感じていますので、創業者が強みとして築いてきた『考える力』を組織として根付かせ、向上し続けることは非常に重要だと思っています」。


当社のロゴマークは『東栄超硬』のイニシャル『T』をかたどったもので、『T』を『人』という形状に近づけたデザインである。

「これは、当社が仕事だけでなく人間形成の場としても寄与できるような企業でありたい、という想いが入っています。今後は、技術力を組織として高めていきながら『東栄超硬に勤めている人はすばらしいよね、仕事ができるだけでなく、人としてもすばらしいよね』と言われる会社にしたいと思っています」と「技術力の向上」だけでなく「人づくり」という側面からも自社の将来像を見据える坂井社長である。





取材・文 有限会社アドバイザリーボード 武田宜久