近年、機械や電子機器などをはじめとする工業の様々な分野で、CAE(computer-aided engineering:コンピュータによる設計・開発支援)という技術が利用されています。自動車産業においては、CAEを利用したコンピュータ上のシミュレーションで、製造条件のすりあわせを行うことで各種部品および実車の試作回数を削減し、設計工程の大幅な短縮化を実現しています。一方、繊維産業では情報処理技術の導入は比較的古くから行われてきており、織物の柄確認などにおいて専用のCADが用いられていました。しかし、繊維材料が微小荷重で大きく変形するため、織物の3次元モデルを正確に生成することが難しく、CAEを利用した織物設計はあまり行われていませんでした。このため、織物設計の現場では、さまざまな条件で多種類の織物を試作して最適な設計条件を選び出すという、試行錯誤的、人海戦術的な方法が行われています。 上記の問題を解決し、織物の効率的な設計を実現するため、織物の設計図である織物組織図や使用する糸の物性データをもとに、織物の基本構造を3次元的に取り扱い、立体構造や変形特性を予測するコンピュータ支援設計技術の実用化が求められてきました。愛知県産業技術研究所尾張繊維技術センターでは、織物のCAEによる設計開発を実現させるために、織物の3次元モデリングおよび変形予測手法の開発を行いました。開発したシステムは、二重織などの多層構造織物はもちろんのこと、他の研究事例では実現されていない、蜂巣織などの表面に凹凸が現れる構造の織物でも3次元モデル化を可能としているほか、引張りや曲げなどを加えた場合の3次元モデルを生成することが可能です。
織物組織図、糸の太さなどの織物の設計条件と、糸の圧縮特性などの物理条件をコンピュータに入力すると、計算により織物の内部構造の3次元モデルを生成します。織物中の糸は楕円状に圧縮されていますが、従来技術では、図1に示すように糸の断面を真円としたモデルしか生成できません。今回開発したシミュレーション手法では、図2に示すように楕円状の糸断面にも対応し、より精密な形状予測が可能となりました。さらに、伸び率や曲率半径など、織物の変形条件を入力することで、織物の伸張時、屈曲時における部分的な変形形状の確認を行うことができます。図3に変形形状の確認例を示します。 |