マトリックス支援レーザー脱離イオン化法-飛行時間型質量分析(MALDI-TOF MS)法を利用した微生物同定
愛知県産業技術研究所 記事更新日.11.07.01
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カビや酵母、バクテリアのような微生物種の迅速・簡便な同定は、食品メーカーや医療現場などでは必須の課題です。現在、微生物種の同定は、一般的に遺伝子解析により行われていますが、前処理の煩雑さや分析の迅速さに関しての問題があります。そこで遺伝子解析による微生物同定を補完する技術として、前処理が簡便で、かつ短時間での分析が可能な微生物同定方法として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法-飛行時間型質量分析装置(以下MALDI-TOF MS)が注目を集めています。
ここでは、MALDI-TOF MSの利用方法、特に微生物の同定について紹介します。

■MALDI-TOF MSとは
MALDI-TOF MSとは、質量分析におけるサンプルのイオン化法の一つである、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization, MALDI)と質量分析計の一種である飛行時間型質量分析装置(Time of Flight mass spectrometry, TOF MS)を組み合わせたものです。従来のイオン化法に比べて壊れやすい大型のタンパク質やペプチドなどの生体高分子や合成ポリマーの測定に利用されています。

MALDIは紫外線レーザーの波長を特異的に吸収する固体や液体のマトリックスの中に微量の試料を均一に分散させ、レーザー光を照射することにより、試料をイオン化する方法です(図1)。マトリックスを介して試料をイオン化するため、熱に不安定で分解しやすい試料についても測定が可能となります。
TOF MSは、質量電荷比m/z値の違いでイオンの飛行時間が異なることを利用した質量分析法です。レーザー照射によって生成されたイオンのうち、m/z値が小さい(軽い)イオンほど高速で飛行し、逆にm/z値が大きい(重い)イオンほどゆっくり飛行するので、検出器に到着するまでのイオンの飛行時間によって質量を分析します。生成されたイオンの大部分を検出できるため、特定の質量イオンのみを測定する他の質量分析法よりも、非常に高感度な分析を行うことができます。

■MALDI-TOF MSを利用した微生物同定法について
微生物試料をMALDI-TOF MSで直接測定すると、リボソームタンパク質に由来する微生物種特有のマススペクトル(横軸にm/z値、縦軸に検出強度をとったスペクトル)が得られます(図2)。これは、タンパク質のアミノ酸配列が、同じタンパク質でも微生物の種ごとに少しずつ異なり、マススペクトルのパターンも微生物種ごとに異なるためです。MALDI-TOF MSを利用した微生物同定法では、得られたマススペクトルパターンをデータベースと照合することにより、微生物種を同定します。

MALDI-TOF MSを利用した微生物同定法の最大の特徴は、同定操作の簡便さにあります。前処理は、一晩培養後のシングルコロニーもしくは液体培地を遠心した一部を、ごく少量のマトリックス溶液と混合するだけで直接分析が行えます。このため、遺伝子解析を利用した同定法など既存の手法と比較し迅速・簡便な微生物同定を行うことができます。