少量多品種を短期間で作り込むヘラ絞り加工

記事更新日18.07

代表取締役社長 渡辺 修

【問い合わせ先】
愛巧ヘラ押工業株式会社
東海市名和町5番割 107番地
TEL 052-604-1015
HP https://www.aiko-hera.co.jp/

今回は職人技もさることながら体力と勘が製品の出来を左右するヘラ絞り加工の紹介です。

戦後は自動車産業以外に、洋食器、楽器の製造、融雪タンクの製造(ガス給湯機メーカー)にヘラ絞り技術が使われており、地場製品であり「あいちの製品」に通じています。また、愛知県下でヘラ絞り加工できる会社は数社しかないため職人気質に満ちた「あいちの製品」でもあります。

愛巧ヘラ押工業株式会社(以下:愛巧ヘラ押工業)は東海市にあります。名鉄常滑線「名和駅」を降りて、徒歩5分の場所にあり、社長は2代目です。初代は大阪絞り(御述)で修業し、その後独立して今日の基礎を作りました。

東海市周辺は、江戸時代に「海老せんべい」を尾張藩主に献上していた漁村の地であり、海老せんべいの老舗本社があります。東海市は昭和44年(1969年)に知多郡上野町・横須賀町2町の合併により誕生しました。また、愛知用水の開通で農産地へと転換し、農産物の「ふき」生産量は全国1位です。他方、愛知用水の開通に伴い中部圏最大の「鉄鋼のまち」として知られています。


   

■ 会社沿革

愛巧ヘラ押工業の創業は昭和36年(1961年)です。昭和42年(1967年)に有限会社へ、昭和59年(1984年)に株式会社となりました。自動車部品、空調機械部品、家電部品、洋食器、ガス器具部品、楽器部品を扱い、大きくヘラ部とプレス部に分かれて製造しています。


■ ヘラ絞りとは

ヘラ絞りとは、ステンレスや鉄・銅・レアメタル素材を回転する型にはめ、「ヘラ」と呼ばれる棒状の専用工具をテコの原理を使って押し当て、少しずつ変形させて加工する手法です。様々な形状の製品を作り上げる回転塑性加工の一手法です。


   

プレス加工では雄型と雌型の2つが必要です。他方ヘラ加工は、雄型のみで加工を行うことができるため、多品種少量生産に適しています。この技術は長年の職人技から生み出される経験と勘に製品の出来映えが左右されます。作業者の熟練度によってはプレス加工よりも高い精度を実現できる反面、破断が発生しやすい特徴もあります。


   

■ 社長もヘラ絞り職人

20代から30代にかけて十数年程ヘラ絞りに従事しました。長いヘラを脇に挟み、ヘラの先端を回転している金属に当てます。足を踏ん張り、全体重が脇に掛り、脇に当たるヘラ棒の痛さに耐えました。慣れ始めると、血行不良を起こして腕が上がらないことにも悩みました。それを超えて初めて一人前となる職人の世界を渡辺社長は経験しました。少なくとも一人前になったと思うのに8年掛かったそうです。現在は経営者としてヘラ絞り加工に従事することはありません。

■ ヘラ絞りには関東と関西

ヘラ絞りには大阪絞りと東京絞りがあります。時計回りに回転しているヘラ台に対して、右に立つのが大阪絞り、左に立つのが東京絞りです。まるでウナギのさばき方に通じる文化の衝突を感じます。切腹を嫌う関東は背からさばき、江戸をライバル視する大阪はその逆である腹からさばきます。

■ 職人によるヘラ絞り製造工程

四角状の鋼材が搬入されます。(写真は四角の束) それを必要な形状に加工(写真は円状)します。その円状の鋼材を機械にセットしてヘラ絞り作業を行います。

  


四角が丸い円になり、それがお皿の方になり、ヘラ絞り作業によりフランジを持った洗面器の形になります。写真はお皿の形が洗面器の形に変わったものです。また、ヘラ台から製品の出来具合をヘラ絞り職人が確認しています。


 

職人は白い固形物を持って、これからヘラ棒を当てる箇所に塗ります。ヘラ棒が当たる場所の目印ですかと尋ねると意外な答えが返ってきました。白いものは固形石鹸で、摩擦熱を抑えるために使用しています。潤滑油を塗ると、回転と同時にそれが飛び跳ねます。愛巧ヘラ押工業では固形石鹸ですが、会社によって使用するものは異なるようです。ここに職人のこだわりと地域性があると想像しました。


■ 量産品によるヘラ絞り製造工程

ロットが大きい場合は専用マシーンを使って製造します。職人の動きをプログラムに落とし込み、それをマシーンに入力します。このプログラムにはある程度日数を要するため、多品種少量生産の場合は職人の手仕事であるヘラ絞り職人技が必要になります。写真は専用マシーンと加工した製品です。真ん中に穴が開いているものが完成品です。



  

■ 治工具は自分用に微調整
ヘラ棒の先端形状は職人によるクセが出るため、その形状は職人ごとに異なります。そのため加工しやすい形に自分で先端部分を調整します。手が空いたときにバーナー等を使って、先の微調整を行っています。
 
● プレス部

 300dWクランクサーボプレス、300dサーボプレス、200dパワープレス、そして150dサーボプレス、150d〜15dのプレス機を含めた合計29台使って製造しています。

  


写真はこれまでに扱っている金型と原材料のロール鋼材です。

 


写真はプレス機を使って製造した愛巧ヘラ押工業製品です。

  


■ 取材を終えて
 

愛知県下で見る機会が減った「ヘラ絞り」工程を生で見る貴重な機会を得ました。社長以外に50代の職人1名、30代の中堅職人3名、20代の新人1名、計5名が活躍しています。体力を要する職人技術が引き継がれていることは嬉しい限りです。また、これらの職人以外に渡辺社長のご子息2人が後継者として、ヘラ部とプレス部で仕事をしていることは頼もしい限りです。

少量多品種を短期間で作り込むヘラ絞り技術は、現在でも隠れたニーズがあり、そのニーズは不滅です。毎月、ホームページを見てヘラ絞り加工ができないかという相談が数件あると聞きました。これからはAIの時代と言われる昨今ですがアナログの根深さと根強さを垣間見ました。


自社ホームページ

 

取材・文 YA(ワイエイ)ビジネスサポート 杉本 安行