勝負は衛生品質管理。西尾の抹茶で日本を制す
杉田 芳男 記事更新日.07.04.06
株式会社あいや 代表取締役
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■「一服しよう」は抹茶が語源

「ちょっと一服しようか」−一休みしよう、という意味で使われるこの言葉は、実は語源は抹茶にある。抹茶は、八百数十年前中国(宋)留学から帰国した栄西禅師が、茶の種子を持ち帰り栽培を勧め、あわせて抹茶方法の飲用を紹介したことに端を発する。

時の将軍源実朝に現在でいう「二日酔い」の快復に一服の抹茶を呈茶し、即時に快癒したと古文書にあります。さらに栄西は「喫茶養生記」で薬効効用を述べた。以後「お茶=漢方薬」としての認知が広まり、お茶は薬同様に『一服、二服』と数えるようになったとされる。

■「西尾の抹茶」、弱いブランド力でどう戦う

本紙面で紹介する(株)あいやの創業は1888年(明治21年)、国内シェア42%超を有する企業で、地元の資源を活かし、地域や茶栽培者と共に発展している。

社名のいわれは、初代杉田愛次郎氏が、茶と天然染料の藍の製造卸を行なう杉田商店を興し、藍を扱う店、つまり「あいや」と呼ばれていた。法人化する際にも「あいや」を屋号として引き継いだ。

当初は、煎茶・玉露なども取り扱っていたが、次第に地域の特産である碾茶(てんちゃ)を原料とした抹茶販売を主体として展開して行った。

碾茶生産量は475t(平成17年茶生産量(茶種別荒茶生産量):農林水産省)の生産量があり、西尾市を筆頭にして吉良町、豊田市など、水はけの良い砂が混じる土壌を持つ矢作川流域は日本有数の生産地である。

良質な抹茶生産地であるが、ブランド力が弱く茶業界方面への抹茶販売は長年苦戦を強いられ続けていた。

昭和30年代後半3代目杉田愛次郎が、抹茶の用途を広げるため、食品メーカー向けへの販路拡大を思い立った。しかし、「抹茶味」はまだ業界ではマイナーであり、「お茶味のアメ」程度の認識しかなかった。食品メーカーでも「抹茶味?」という低い認知度であった。

抹茶を使用した食品は古くからあり「抹茶味のかき氷」をベースに用途開発に挑んだ。 抹茶味と「冷たさ」と「甘み」、そしてミルク味という組み合わせから誕生したのが、抹茶味のアイスクリームだった。

幸いにも抹茶味のアイスクリームは全国的な販売に広がり、これをきっかけとして、加工食品向けの用途開発に大きく舵を取ることになる。

■「抹茶規格書」で品質評価が可能に

しかし、当時はまだまだ全国的には無名であり、大手食品メーカーとの取引は容易ではなく、「信用をしてもらうというレベルではなく、まずは会社の存在を認知してもらうことからのスタートでした」と杉田社長。

食品メーカーはかねてから「同じ様な抹茶だが、単価と品質の違いは何か?と疑問を持つ向きが多かった。そこで、単価の高い抹茶から安い抹茶までの『スペック』表を作成した。抹茶の品質の計数管理項目である色合い・水分・粉末の細かさ等についてそれぞれ、色差計・含水計・粒度計による計測値を明示した規格書を作成し、説明して回った。食品メーカー側に対し、「品質の差とは計数管理上でこう説明される」と判断基準を明確にして情報開示の先駆的な営業を行うことで多いに信頼を得ることが出来た。

さらに、商品の特性ごとに抹茶味に変化を付けながら、地域による味覚差があることも提案に付け加えた。

つまり、キャンディーのような常温で甘いお菓子向けには「中程度の渋み」を持つ抹茶を、アイスクリームのような低温で甘いお菓子向けには「非常に強い渋み」をもつ抹茶を。特に、アイスクリーム向けのような「なめらかな」食感が求められる場合には粉末が細かいものが求められる。また、茶そばのように淡白な味の生地に練りこまれる場合は「渋みの少ない」抹茶が求められる。

地域差については、浜名湖を境にして、東側では渋みの強い、インパクトのある味が求められるのに対し、西側では渋みが少なく、まろやかな味が求められる。食品メーカーがどの地域に商品を投入しようとするのかによっても、好まれる抹茶味は異なり、その用途先や地域特性により最適な抹茶を提案した。

■農産品から工業製品への脱皮

次に求められたのは「安定供給」と「品質管理」、そして「衛生管理」。
幸い「碾茶の安定供給」は、初代からの付き合いからの生産農家を数多く擁しており、原料茶葉の調達の安定度に恵まれていた。
問題は「抹茶の品質維持と安定供給」である。農作物は経時変化を来たすが、「時期によって納品する抹茶の味が変わりますよ、、、」では通らない。

そこで、6月に収穫された新茶を長期間(18ヶ月)保存し、次年の新茶が収穫された後、半年後までのシンクロ式のブレンドで味・品質の安定に成功した。

品質の安定を支えるもうひとつの秘密、それは挽き臼(茶臼)の維持管理技術である。 茶臼方式の抹茶作りは、抹茶の持ち味つまり、味・色・風味を損ねず微粉末する唯一の方法である。この石臼挽き方法により5〜20ミクロンの微粒子に摩擦粉砕し製造される。

現在では1,180の石臼が抹茶を作り続けているが、その量は1台の臼で1時間にわずか40グラム、片手1杯程度である。粗くても挽き過ぎてもいけない。一定時間で一定範囲のミクロン単位の微粉末を丁寧に仕上げる秘密は、茶臼の維持管理にあり、その調整は世代を超え綿々と伝えられる「茶臼職人」の技が支えている。

抹茶製造工場 19世紀の石臼

■最難関は風味を損なわないで衛生管理を実現すること

最も力を入れたのが衛生管理、「安全・安心」である。
抹茶は、光・温度・湿気などの影響で風味を損なうため、まさに「風味を損なわない」ための方策が欠かせない上、より清浄な抹茶造りのため落下菌防止の環境を整える必要もあった。

1985年には工場のクリーンルーム化に併せ抹茶業界初の品質管理室を設けたのを皮切りに、1992年には全工程を自動化した滅菌抹茶製造ラインを稼動させる。

しかし、ハードだけ整えても「安全・安心」は実現しない。いかに現場に「安全・安心」を守り続ける力があるかどうか、ここにかかっている。

当社では、材料、管理体制双方からのアプローチを行っている。
まず、材料の安全性。1997年日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会の有機栽培茶認証取得を基にして、2002年には米国有機栽培認定、欧州有機栽培認定と、いずれも抹茶業界初の取得を実現した。特に、欧州の認定は品質だけでなく、栽培時に環境負荷がかかっていないか、肥料、抗生物質使用、遺伝子組み換え種子を使っていないか、ということまで茶畑からの毎年審査を受ける厳しいものである。

更に製造現場の衛生管理体制確立を目指し、1999年のISO9001の取得はもとより、2007年にはAIB最高位の「スーペリア評価」を獲得した。「本当に、うちの社員はよくやってくれるんですよ」。衛生管理・品質管理の話をする社長からは、この言葉が何度も口からついて出た。

■地域産品、広がる抹茶市場

国内だけでなく、海外への「MATCHA」にも余念がない。現在では米国、オーストリア、中国に現地法人を設立し、販路の拡大に努めている。特に、北米などでは、ナチュラルフーズの一つとして認知されており、抹茶を原料にした健康ドリンクでよく飲まれている。

今後は、抹茶のカテキンや各種健康成分などが持つポテンシャルを引き出し、抹茶と漢方などのコラボレーションも模索していきたいと考えている。抹茶には糖尿病予防に有効な可能性を持っているといわれており、健康食品分野への展開も進みつつある。

地域産品の「西尾の抹茶」は、こうして「あいや」の手により、全世界へ、そして狭い嗜好品の分野から用途範囲の広い食料品へ、更に健康分野と大きく可能性を広げつつある。

取材・文 有限会社アドバイザリーボード 武田宜久