エイベックス鰍ヘ、1949年、現社長加藤明彦氏の父親が、親戚の鉄工所から独立する形で創業した。当時は、近隣のエルモ社からの映写機部品や、前職の鉄工所からの紹介で愛知工業(アイシン精機の前身)からのミシン部品等の精密で小物の切削・研削加工を行っていた。
しかし、1960年代になるとミシン部品は台湾へ流出、一方、映写機部品も1970年代にはビデオカメラにとって代わられ、映写機の仕事は激減することになる。
幸い、60年代半ばから始めたブレーキの制御部品である「ユニオン」が好調で、ガイドピンなどの丸棒切削加工も開始、事業の軸を自動車部品へシフトさせた。70年代半ばには、当時非常に高価であった6軸自動旋盤を、無借金経営を返上してまで導入し、劇的に生産性を向上させた。丸棒の切削加工技術は現在の主力商品であるオートマチック油圧用スプールバルブへとつながる。
|