世代を超えて伝えられる科学玩具「地球ゴマ」
巣山 重雄 記事更新日.11.08.01
株式会社 タイガー商会 工場長
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株式会社 タイガー商会
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■ジャイロ効果により回り続ける地球ゴマ
昭和30年〜40年代、男の子の間で爆発的にヒットしたおもちゃといえば「野球盤」と「地球ゴマ」。
地球ゴマは「物体が自転運動をすると、外から力を加えられない限り、その自転軸の方向を変えず、また回転速度が速いほどその特性は強まる」という「ジャイロ効果」を応用したものである。普通のコマでイメージするなら、ビュンと高速回転で回すほど姿勢は安定し、その自転軸もブレない、ということである。
地球が23.4度傾いたまま自転しながら公転することを、このコマで「ジャイロ効果」によって説明できることから「地球ゴマ」と名付けられた。

ジャイロ効果は、船の走行安定や、飛行機のオートパイロットに利用される。
船の中でコマの回転軸を水平方向に横倒しにして高速回転することにより、コマは軸を水平方向に保とうとする。船が波を受けて傾いたとしても、コマの軸が水平方向を保とうとすることにより傾きが修正される。これが『ジャイロスタビライザー』の原理である。
オートパイロットも同様で、水平飛行に移った後、飛行機内で回転軸を飛行方向へ向け、高速回転することで、風に流されたとしても、ジャイロ効果により回転軸、すなわち進行方向軸であるもとの姿勢に戻ろうとすることを利用して、垂直尾翼の方向舵の軌道修正を行うことができる。
今では、クレーンの受ける横風による揺れを抑えたり、デジタルカメラの手ぶれ防止などにもジャイロの原理が多くの場面で利用されている。このため、最近では地球ゴマを「おもちゃ」としてではなく「ジャイロ効果」を学ぶ教材として、大学や高等専門学校、サイエンスクラブなどで購入されるケースも多くなっている。


■発売当初は輸出品として外貨獲得に貢献
地球ゴマが初めて作られたのが大正10年、今年でちょうど90周年を迎える。
誕生から90年間今も作り続けているのが、株式会社タイガー商会である。
創業者の加藤朝次郎氏は、機工舎という時計メーカーの責任者を任されていたが「人に使われるよりも自分で商売がしたい」と考え、コマ状の時計部品にヒントを得て「地球ゴマ」を完成させる、以来、今に至るまで90年間「地球ゴマ」一筋である。
ちなみに、タイガー商会は創業者が寅年生まれであったことに由来するとのこと。
数年後には、アメリカへの輸出も始まり、事業は順調に拡大していった。
終戦後、創業者が復員するや「日本が立ち直るには、外貨の獲得が不可欠」と、すぐに事業も再開を図る。食料ですら満足に手に入らない時代であったが、米国へ輸出した地球ゴマのことを見知っていたGHQの担当官がいたことが幸いし、PX(駐屯地購買部)での販売や海外輸出が認められ、停電が多い時期でも安定的に電力供給を受けられるなどの幸運に恵まれ、業績を伸ばしていった。


■実演販売で人々のハートをつかみ、CMで大ブレイク
そんな地球ゴマでも「国内での販路開拓には苦労しました」と工場長の巣山重雄氏。
「棚に置いてあるだけではどんなコマだかわからず、全く売れませんでしたが、縁日などで実演してもらうとよく売れるようになりました。私も二代目の加藤武社長と、いろいろなところへ実演販売に行きました。子供の集まる地元の犬山遊園やスーパーの催事、遠くは北海道で開催された博覧会へも出かけました」。
こうした地道な販路開拓が功を奏し、知名度が上がってきたところへ、昭和30年代前半から始めたテレビCMにより、一気に火がつく。
「全盛期は職人が20数名で、年数十万個を生産していました。問屋さんが行列をつくって会社が開くのを待っていたものです」と巣山工場長。
これにあやかろうと「宇宙ゴマ」「サーカスゴマ」など、安価な模造品が大量に出回るようになった。しかし、こうした模造品は精度が悪く、コマの回りがよくない。そこで、デモンストレーションで回すコマはタイガー製のコマを使い、売るのは模造品、というひどいケースもあったようである。

■コマ作りの「秘中の秘」で高精度を実現
「地球ゴマの命は精度にあります。模造品は精度が悪く、しっかりとは回りません」。
実はこの地球ゴマ、2/100〜3/100ミリという精度で、職人の手作業で作られている。
ネジやメッキなどごく一部が外注加工ないしは購入部品であるが、ほとんどの部品は社内で製造されている。
地球ゴマの象徴的な垂直・水平のコマの保護枠は「5ミリ幅の線材を切断し、円形に曲げ加工、それをスポット溶接(昔は半田付け!)」、コマとしての回転部分は「アンチモニーの合金で鋳造し、ピンクとグリーンで表裏を塗装」、軸部品は「鋼材を断裁した後、糸を通す穴開け、切削、ローレット、熱処理の加工」といった具合に、全ての工程が社内で行なわれ、高精度に仕上げる様は、日本のものづくりの縮図ともいえる。今でこそドリル刃は購入品だが、昔は鋼材から必要な径のドリル刃づくりまで行なっていたとのこと。こうした技術やノウハウは秘中の秘で、どんな来訪者があっても工場は見せていないとのことである。


こうした精度があってはじめて、ペン先で回り続けたり、糸の綱渡りもこなしたり、果ては立方体のプラスチックケースに収納したまま箱の角を支点にして回るといった、アクロバティックな動きを可能にする。
■今も多様な販路で売られる地球ゴマは3人の職人が手作り
現在はCMなど取り立てては行っていないが、職人3人が月産2000台を今も変わらず手作業で製造している。おもちゃ小売の大手「銀座博品館」、東急ハンズをはじめとして、成田・セントレア・関空などの国内の主要空港、科学館などで販売されている。今もイベントで実演販売を行なうと「まだ作っていたのか」と大人が、また、初めて見る毎分2000回転以上で回る不思議なコマに子供が、と人だかりができる。場合によっては、出荷まで3ヶ月待ちとなってしまうこともあるとのこと。
2005年には2代目社長の急逝により存続も危ぶまれたが、オーダーも多数抱えていたことから、血縁者が代表者となり、屋台骨を巣山工場長が支えることになった。職人も高齢化しているが、5年前には新入りが入社し「タイガーの秘伝」を伝承している。
大人はノスタルジックを持って、子供は不思議なおもちゃとして、さらに研究者には科学教材として、新入りの職人には「タイガーの秘伝」として、様々な形で地球ゴマは世代を越えて伝えられていく。

取材・文 有限会社アドバイザリーボード 武田宜久