手間を惜しまず本物を提供することで競合しない経営を

菅沼 博明

記事更新日.2021.02

紅茶カフェ  Prakrti プラクリティ

■問い合せ先
紅茶カフェ Prakrti プラクリティ
〒471-0079 豊田市陣中町1丁目23−4 高橋ビル1F

手間を惜しまず本物を提供することで競合しない経営を

 2019年9月、豊田市内ではまだ珍しい紅茶専門店がオープンした。40種類以上の紅茶の他、日本茶やリンゴの発酵酒であるシードルなどの飲料がメニューに並ぶ。カヌレやマドレーヌなどの焼き菓子、パンナコッタ、ブランマンジェなどのデザート、イタリアの家庭料理の味を再現したパスタ料理、店頭に並ぶ天然酵母による食パンなどは「本来の調理法で素材の味を活かす」ことを追求したこだわりの自家製である。
 この「紅茶カフェ Prakrti(プラクリティ)」を経営するのが菅沼博明氏である。
  



自動車開発技術者からの転身

 菅沼氏の曽祖父は赤坂や銀座で洋食店を経営する料理人だった。当時の洋食店といえば高級レストランを指しており、食については厳しい人だった。東京に住む祖父も美味しい店を良く知っており、食への関心が高い家系であった。こうした影響を受けてか、菅沼氏自身も料理を食べることも作ることも好きだった。自動車部品の開発に30年以上携わる技術者であったが、今後の生涯職業として飲食業の選択を捨てきれず独立することとなった。
 「いつかは開業を」と30代ぐらいから焼き菓子や料理の商品開発を進めて、提供する料理やお菓子には目処がついたが、一方で不安だったのは資金調達などの経営管理、事業戦略や事業計画づくりなどをあいち産業振興機構の創業道場に通い1年間勉強した。
 一度は「事業性が低い」と融資を断られたが、地域のこと競合のことを調べあげ戦略を練り直し、地元の商工会議所などにも相談することで事業計画を完成させ、見事調達に成功、開業にこぎつけた。

ターゲットを絞り他店と競合しないお店を

 目指したのは『他店と競合しない、真似されないお店』。
 「とにかく、長く継続的に来ていただけるお店にしたいと考えていました。人通りの多い場所に店があるわけではなく、ここまでわざわざ来てもらう理由が必要です。そこでターゲットを絞り、他店と競合しない独自の商品やメニュー作りをしようと考えました」と菅沼氏。
 「ターゲットは50〜60代に絞りました。自分も同世代だからわかるのですが、雰囲気の良い店へ行こうと思っても、お茶を飲むために車で1時間かけて名古屋へ行こうということはあまりなくなっている世代です。こういう層を積極的に取り込んで行くお店作りメニュー作りを目指しました」。
 ハード面では『日常空間を離れて、くつろいでのんびりできる』ことを意識。食器・内装・イスなどは落ち着いたイメージで統一、ゆったりとしたスペースを確保した。
 「開業前から特に衛生面には配慮する必要性を感じていたため、手洗いには次亜塩素酸水を導入していたことや、ゆったりしたスペースを確保し密を避けられることから期せずしてコロナ対応店となっていたため、何も対応をせずにすみました」と苦笑いの菅沼氏。
 

競合しない店作り@:水との相性も研究、おいしさを最大限引き出した紅茶

 
 当店の最大の特徴は紅茶と焼き菓子・デザート。本物がわかる世代をターゲットにしていることから、良質な素材のもつポテンシャルを活かし、基本に忠実なメニュー開発をした。
 「他店と競合しない、という戦略を考える中、コーヒーに力を入れる喫茶店は多いのですが紅茶を主力にしたお店は数少なかったのです。もともと紅茶は好きだったこともあり集中的に1年ぐらい勉強し、日本紅茶協会の認定ティーインストラクターの資格も取得した。協会の先生方の会社や独自に開拓して探したメーカーから各産地の品質の良い茶葉を入手して、本来の紅茶を味わってもらっています」。
 茶葉の仕入れにあたっては必ずサンプルを確認し、認定ティーインストラクターとしての「ものさし」により品質の吟味を行っている。仕入れ後も湿気を吸収してしまうと味が変わってしまうため、常温乾燥庫の中で湿度0%保管。
 「使用する水にも注意を払っています。水の硬度が変わるとお茶の摘出時間や味も変わってしまうことから、紅茶の美味しさを最大限に引き出せるよう調整しています。入店時にお出しする水も同じものですが『この水はうちのと同じ味がする』を山間部できれいな水を飲み慣れている方から言われたこともあります。このように同じ茶葉を仕入れて表面上だけ真似されても、同じ味が出せないような仕掛けを入れてオリジナル性を確保しています」。



競合しない店作りA:本来の味のために手間を惜しまない焼き菓子とデザート

   焼き菓子とデザートは、本場の作り方で本物の味を提供することで、他店と競合しない・真似されないものが可能になるとのこと。
 「地方菓子のあるその地域の歴史とその背景を知ることで、材料の組み合わせや焼く温度など、本来の調理法がわかってきます。そうしたベースがわかると、いろいろなお店のパテシエが他に真似されないよう、どのような工夫をしているかということも見えてきます。しかしそうした工夫とは別に、『作りやすいから生クリームを入れる』など作りやすいやり方に変えてしまうことで、本来の味とかけ離れてしまったケースもよくあります。当店では本場の味に戻して提供することを心がけています。例えば、フランスのそば粉のガレットで言えば、発祥の地ブルゴーニュ地方では雨が多く小麦の育成には不向きな痩せた土地でした。しかしソバにとっては適した環境であったためそば粉を主食とした料理があるのです。今では小麦粉でつくるガレットも多いのですが、当店ではそば粉100%でお出ししています。焼き菓子のカヌレは蜜蝋を塗って焼くのが本来の作り方ですが、蜜蝋の扱いが難しいことからバターで代用しているものも多くあります。当店ではこうした手間を惜しまず本場の味やパリッとした表面の食感を出せるよう蜜蝋を使用し、フランスの昔ながらのレシピで作っています。先日もフランスで留学していた方が来店され『あの時の味だ』と喜んでいただきました。昔から長く食べられていたものは飽きが来ない、長くご来店いただけると考えているのです」。
 この他のメニューもあえて手間をかけて本来の味を追求することに徹している。
 メニューについては、フランスやイタリアの調理法を調べ取り入れている。イタリア語のレシピや欧州家庭料理については、イタリア語検定3級を取得した妻が、料理本等の翻訳、ホストマザーで招いた主に欧州各国の友人から家庭の食習慣の情報をもらい二人三脚で料理や焼き菓子等のメニューを作っている。
「本来の作り方味を提供するために、焼き菓子では作りやすくするために入れる添加物やベーキングパウダーは使用していません。また、イタリアのパスタ料理のカルボナーラも生クリームを入れると作りやすいのはわかっているのですが、本場と同じように黄身とナチュラルチーズだけで作っています。本場イタリアのジェラートでは、牛乳、生クリーム、砂糖と滑らかさを出すために豆の粉を入れています。日本では口当たりの滑らかさを出すために植物油が入っているものが多いのですが、こうしたものは特にロシアの人は見向きもしないそうです。作りやすくするためにレシピを変える道を選ばないことで当店でしか食べられない味を実現しています」。



 開店当初はターゲット層の年代の来店が多かったが、今ではあまり想定していなかった若い人の来店も増えてきた。また、本場の味・製法にこだわったことで、海外在住歴がある人や海外旅行好きなど現地の味を求めた来店も多い。
  

競合しない店作りB:国産小麦100%・天然酵母使用の「こだわりのないパン」

   店頭に並ぶ食パンも好評。
 「パンは、多くの店では製粉会社が独自にブレンドしたパッケージの粉を使用していて、ブレンドの違いがそのお店の味になっています。そこで当店はブレンドの違いで勝負するのでなく、国産小麦100%で小麦の産地別や銘柄別にパンを作ることにしました。愛知県産小麦の『ゆめあかり』を始めとして、北海道産の『はるきらり』『ゆめちから』、熊本産の『みなみのかおり』など多くの品種を手捏ねでつくっているため1日に15〜20斤が限界です。これらの国産小麦と天然酵母、粗糖、塩だけを使いシンプルに作っていることから『こだわりのない食パン』という名前をつけて販売しています。『当店のパンを食べたら他のパンを食べられなくなった』とおっしゃってくださる方や2種類を1斤ずつ買い食べ比べをする方、知人に持っていきたいと複数個お買い上げいただく方、最近では美味しいと聞いたから買いに来たとご来店いただくケースも多くなっています」。



”ワンオペ”で本物を提供し続ける

   今後はメニュー見直しや教室の開催を通して紅茶や日本茶など「お茶の世界」をもっと紹介していきたいとのこと。
 「紅茶教室では紅茶の入れ方やお菓子とのペアリングなどを紹介していきたいですね。茶葉の量・種類によってお湯を入れてからの時間も異なりますし、紅茶がアッサムならモンブランなどの芋系、ウバならショートケーキやシュークリームなどの生クリーム系などが合うことなど紅茶の世界を知ってもらいたいです。また現在では数種類しかご用意できていない日本茶の種類も増やしていきたいです。煎茶、かぶせ茶、玉露で入れ方が異なりますし、それぞれが茶樹の種類ごとにあります。例えば、やぶきた茶でも煎茶もあればかぶせ茶もありますし、徳島などの山間部では乳酸菌で発酵させた発酵茶もあり、こうしたものも紹介していきたいと思っています」。
 現在、菅沼氏一人が店内の切り盛りをする”ワンオペ”。大変だがこの状態を維持したいとのこと。
 「多店舗展開すると各店舖で味が変わってしまったり、また誰が作っても味が変わらないよう作りやすいレシピに変えてしまったりすることもあると聞きます。しかし、フランスの有名なショコラティエは多店舗展開をせず本人が作る事で高い品質を維持しています。収益UPではなく、いかに満足できるものを提供できるかの一点に尽きています。当店は”ワンオペ”で、回すことで品質を落とすことなく固定費低減を図ることが出来ています。会計時のお釣りの数え間違え、集計計算等の効率を目的としたポスレジも導入しています。一人経営ということもあり、すべてを行うことは大変ですが意外とお客様から料理の事など話しかけられることもあり、一緒にメニュー開発の話をしたり、要望を聞いたりしてメニューのヒントになったりもしています」。
 他店と競合しない、真似されないお店を目指すため「本物を提供するために基本に戻る」。これに徹しブレることはない。





取材・文 有限会社アドバイザリーボード 武田宜久