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異業種交流の体験から
佐々木 正喜 記事更新日.07.07.04
愛知中小企業家同友会顧問
オネストン株式会社 代表取締役社長
■PROFILE
1937年千葉県生まれ。
1960年明治大学法学部を卒業。商社勤務を経て1971年、プレス金型部品商社のオネストン商事梶i現オネストン梶jを創業し、今日にいたる。
同友会には1979年に入会、広報委員長、青全交実行委員長等を経て、1987年から代表理事、1995年から会長、2007年4月より会顧問となる。
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人の活動範囲は思ったより狭いもの

私が愛知中小企業家同友会に入会したのは、創業して8年目の頃でした。株式会社というものの社員も10人程度のまだよちよち歩きの状態でした。仕入先の社長の紹介で一つくらいは経営者の団体に入っていてもいいか、という軽い気持で入会しました。

 創業当初からプレス金型の部品の販売を専業としていましたから、プレス金型の業界のことしか頭にありませんでした。プレス金型は主として自動車部品産業で使われていましたから、自動車産業に関連することは興味がありました。関連産業として工作機械の動きにも興味は持っていました。しかし、それ以外についてはほとんど興味がありませんでした。製造業という言葉を耳にしても、金属系かプラスチック系しか頭に浮かんできませんでした。

行動範囲にしても愛知県が中心で、時々三重県や岐阜県まで足を伸ばしていましたが、愛知県との隣接地域であってそれほど広域に活動をしていたわけではありません。取引先はどうかと言いますと、仕入先で言えば関東や関西にもありましたが、やはり金型部品の製造業であったり商社でした。

要するに同業者の範囲から一歩も出ていませんでした。お客様は金型の専業メーカーか、金型部門のある企業ばかりでした。 要するに毎日明けても暮れても金型関係ばかりの企業との取引で、話も金型の話ばかりでした。たまにはお客様と雑談で金型から外れることがありましたが、それが主流になるということはありませんでした。

思いがけないことに出会う

入会して最初に参加したのは新入会員に対するオリエンテーションでした。この時の話で初めて経営理念という言葉を知りました。中小企業といえども経営理念をきちんと確立して成文化しなければいけないということでした。しかし、私は内心反発を感じていました。それは、経営理念も大切かも知れないけれど、それよりも明日どのようにして売り上げを増やすのか、そして利益にどう結びつけたらいいのか、それを知りたいと思っていました。また経営理念というのは大企業がもっているもので、たかが10人程度の企業が大企業の真似をして作ったところで絵に描いた餅にしか過ぎないと思っていました。

先輩が厚く語りかけているにも関わらず、私は反発こそすれ理解も感動もまったくいたしませんでした。そんなことで実際に成文化したのは5年後のことでした。初めて経営理念という言葉を知ってから、色々な人たちに経営理念の話を聞いてだんだんその気になっていったわけで、それには少し時間が掛かってしまいました。

オネストン株式会社は私が創業したものであり、登記上も私が代表取締役であることは間違いありません。形式的には私もれっきとした経営者であったわけです。しかし、創業当時は社員は若い女性事務員がたった1人だけでした。創業直後に以前世話になった大企業の商社へ独立創業の挨拶に行きました。私の名刺には役職は入れてありませんでした。それは社員1人の会社ではとても恥ずかしくて代表取締役などと書き込む気になれなかったからです。しかし、その商社の人に、会社の規模ではなく全て私が最高の責任者です、という意味で代表取締役という言葉を入れなさい、と諭されました。

以前勤めていたところは総勢15名ほどの会社でしたから、色々な体験を積ませていただきました。その体験から自分でも社長くらいは出来るという思いで創業しました。それは自信過剰といっても良いくらいのうぬぼれだったと思います。一方で名刺に代表取締役という肩書きを書き込めなかったという弱気というか控えめさもありました。しかし、うぬぼれと控えめなところを比較すれば、断然うぬぼれが強かったと思っています。それが経営理念に対する反発的な感情として表れていたと思います。

入会して最初の1年は義務的に参加をしていましたが、いろいろな方と知り合うことが出来ました。仕事の取引上である程度知っている業界もありましたが、製造業といってもお菓子や酒類、あるいは食品製造業となると全く未知の世界の人たちでした。私の在籍期間28年間でお会いしていない業種の人は、多分非合法の世界の人だけだろうと思っています。それだけありとあらゆる業界・業種の人たちとお会いしお話を伺うことが出来ました。

そういった他業種の経営者の経営体験報告が大変役立つことがあります。経営上の問題では常に経営者と社員との関係はどうあるべきかというのがあります。経営者としての経験は浅いが個人的な能力が高い人ほど社員に対する指示命令は強く多いものです。そうしたやり方ではなかなか効果が上がらないものです。そうした失敗の経験から、社員との関係を見直して、即ち経営者自身の社員に対する接し方を変革することによって、新しい生き生きとした職場環境を作り上げるのに成功をした、という報告を聞いたことがあります。こうした報告を聞きますとわが意を得たりと思う人も沢山いるはずです。

創業からしばらくの間は中途採用ばかりでした。当然のことですが金型のカの字も分からない社員ばかりでした。その頃は私が営業の先頭に立つしかありませんでした。全て私の指示で動いていました。しかし、10年、20年という時が経てばベテランが育ってきます。そうなれば私の指示も決して最善とはいえなくなってしまいます。ベテランが育ってきたという喜びと自分の出番がなくなってきているという寂しさを同時に味わいながら任せて安心という気分にもなってきます。

先輩経営者の厳しい声

M社長は10年ほど前に他界されていますが、口癖のように言われていたのは「穴熊経営者になるな」という言葉でした。穴熊とは将棋の穴熊囲いという戦法から来ているものと思います。穴熊囲いというのは将棋盤の自陣の右か左の角に玉を置き、その周囲を金、銀、桂,香などでがっちり固めてしまう戦法です。攻められにくいが壊れ始めると玉の逃げ場がなく脆いという欠点もあるようです。

M社長が言いたかったのは、この将棋の玉のようにじっと穴の中に閉じこもっていてはいけない。動きの取れない状態では外の動きを見ることも出来ないし、参加することも出来ない、ということだったと思っています。あるいは動物の熊が冬眠するように、巣穴の中で眠っていてはいけないという意味も、込められていたのかも知れません。

T社長からは「中小企業の経営者は少し儲かるとすぐ高級車に乗って、ゴルフに夢中になってしまう。それでいいのですか」とみんなの前で話されました。私を含めて多くの人が耳に痛さを感じたと思っています。こういった厳しい話は同業者の集まりでは聞くことは出来ないでしょう。また、経営者のための指南書を読んでも、目の前で熱のこもった話を聞いているのと比較すればインパクトの違いは大きなものです。

異業種の経営者の集まりであればこそ、このような本音が露わになるような話が出てきます。そこには真剣に聞こうとする心構えも自ずと出てきます。同業者の集まりでは経営の核心に触れるような話は出来るわけもありませんし、最悪の状態ではお互いに腹のさぐり合いにもなりかねません。

わが社にとっての大きなヒント

1990年代の半ば頃に、同友会では21世紀に向けて企業のあり方が議論されました。その一つに「自立型企業づくり」というのがありました。自立型企業とは何かという議論が展開されました。当然のように下請企業では良くないのではないかという意見が出ました。しかし、結論は隷属的下請けではいけないのであって、必要不可欠であり対等の立場に立てる企業づくりを目指すということになりました。

その頃当社は工場を持って金型部品の製造をしていました。1個2個の部品を旋盤やマシニングセンターで加工をしていました。金型は大量生産をする道具で、1個あれば大量生産が出来ます。その中に組み込まれる部品も1個2個のものが沢山あります。金型部品を作っている以上仕方のないことと思っていました。1個2個のような少量の注文からは逃れられない宿命みたいなものを感じていました。

しかし、「自立型企業づくり」の言葉を噛みしめてみた上で、少量生産を逆に当社の得意技にしようと考え、工場移転とともに「一個づくり」をキャッチフレーズにして1個でも利益の出る工場作りに努力をしてきました。その結果多くのお客様からご支援をいただけることになりました。

同業との関係は行き着くところは激しい受注の奪い合いになりかねません。異業種であれば売上高の競争など楽しいライバル関係になれますし、励ましあいながらお互いに経営についての考え方を交流することが出来ます。違う仕事をしていますからストレートに真似は出来なくても、何か重要なヒントを掴み取ることが出来て自社の経営改善に役立ちます。もちろん口は1つ耳は2つあるように、人の話を聞くという姿勢が大切だと思います。

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