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全社一丸で勝ち取った「自立型企業」への道
杉浦三代枝 記事更新日.06.07.03
スギ製菓株式会社 代表者
■問合せ先
スギ製菓株式会社
〒447-0857 碧南市大浜上町3丁目85番地1号
TEL 0566‐45‐2020
http://www.ebisen.com/
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■不思議な顧客に向き合い、新たなビジネスモデルを発見
平成12年、スギ製菓株式会社の社長杉浦三代枝氏は、苦しいカジとりを迫られていた。売上は10億、利益はなかった。主力のえびせんべいは厳しい価格競争を強いられ、販売ルートの頼みの綱である卸問屋からも厳しい取引条件を告げられていた。

そんな時である。古くからの取引先だが不思議な出荷を続けているのに気がついた。

それは「たこ」で有名な三原市で饅頭を売る店。オーダーは「たこせんべい」、月に200万円ほどのオーダーがあった。この店に限っての「包装しないバラバラのままの発送」に興味を持った社長は三原へ飛んだ。その取引先では、たこせんべいを自社のせんべいとして売るべく、2枚ずつ手で詰めて自社ブランドの包装をし、ホッチキス留めをしていた。聞けば「三原のたこせんべい」というイメージから売れ行きがよく、手詰めでは間に合わずバックオーダーを抱えているとのこと。それならばと、社長は包装まで自社で行い三原へ出荷するいわばOEM生産することを提案。その結果、この商品は一気に月1,400万円の売上へと成長した。当社も卸を通さないため利益率を確保することができた。卸ルートに頼らず、顧客とともに商品を育てるビジネスモデルを発見した瞬間である。

■「儲からないから」と引き継いだビジネスを「儲かる」ビジネスへ
スギ製菓は、親類が行っていたエビせんべいの製造事業を「儲からないから」と三代枝社長が引き継いだのがルーツである。思えば「儲からない事業」を渡すほうも渡すほう、それを引き受けるほうも引き受けるほうである。昭和46年、三代枝社長23歳のことである。

当初は駄菓子屋向けの低価格商品が主体であったが、商品開発をしながら少しずつ取り扱ってくれる問屋を開拓、主力をスーパー・大型店向け商品へシフトし利益を確保できるようになった。「儲からない」ビジネスモデルを「儲かる」ビジネスモデルへと転換させるのに成功した。昭和60年ごろからは生協からも注文が入り、工場の建て増しを繰り返し、人も増員、従業員も20人規模になっていた。

平成元年、大事件が発生する。生協に納品していたヒット商品の「イカせんべい」に、イカの釣り針が混入するという、あってはならない事態が生じた。当時の工場は増築に告ぐ増築で、工場も暗く、しかもフル稼働で夜遅くまで作業をしていた。こうした作業環境の悪さが原因の一つと猛省し、翌平成2年新工場を建設。品質管理には細心の注意を払うようになった。すでに従業員は50人規模になっていた。

品質管理に細心の注意を払う新工場での作業工程

■同友会との出会い、転機となった「99ビジョン」
平成11年、経営の勉強をするために入会していた「愛知県中小企業家同友会」で「自立型企業づくり」「地域社会とともに」の二つを旗印にした「99ビジョン」が出された。
この二つの旗印に杉浦社長は大きな刺激を受けた。

「自立型企業作り」のため、独自販路形成を目指し、冒頭の「たこせんべい」に代表されるOEM事業の開拓と自社製品の直販店開発を、さらに「地域社会とともに」のため、地元碧南の特産品である「たまねぎ」「にんじん」をせんべいにすることを企画、JAと材料の供給などで提携を行うなど、企業改革の揺ぎない方向性としてきた。

地元碧南の特産品をせんべいにした
 「にんじん」「たまねぎ」せんべい

■自立型企業のビジネスモデルを確立
冒頭の「たこせんべい」のOEM事業は、新たな収益モデルの確立となり、収益構造を大きく変えるきっかけとなった。このモデルをもとに全国の特産品をもつ地域を巡り、特産品を扱う会社へアプローチを行った。アプローチ先は「菓子店」ではなく、菓子とは別の「特産品」を販売する会社である。「特産品をせんべいにして、商品アイテムの一つとして販売しませんか」という提案を行ったのである。提案先と共同で企画、味・形状・包装デザインの検討、各地の特産品を当社へ輸送、せんべいに加工し、各地へ再発送する。

 函館のイカせんべい、江ノ島や明石ではタコせんべいと各地の特産品を活かした製品を次々と提案を実現。福岡のメンタイコ店と共同企画したメンタイコせんべいは好評を博し、空港・高速道路のサービスエリア・JRなどで観光土産としても販売され、年3億円程の売り上げとなり、両社の主力商品の一つに成長した。独自製品を他社と連携して企画・生産・販売することで高い付加価値を確保することが可能となった。現在ではこうしたOEM事業は売上の半分以上を占めるまでになっている。

もう一つの自立型販路確保としての直営店は、顧客動向を把握するマーケティングの目的も兼ね、すでに7店を出店。売上の4割程度を占めるまでになるなど、業績も好調であることから、FC展開も視野に入れ運営の仕組みづくりを固めつつある。

■企業革新を成し遂げた本当の源泉は
このようにして、厳しい舵取りを迫られていた2000年から3年後には完全に収益体質を一変させ、同一企業とは思えないほど、堅実な経営状況となった。

当社の収益モデルを他社が見よう見まねですれば、同様に収益体質が改善するか、といえばおそらく「否」であろう。こうした収益モデルを実現したバックボーンには「社員ベクトルが一致した」経営がある。

同友会の「経営指針作成運動」に刺激を受け、平成8年より経営計画書を作成し始めたが、当初はコンサルタント主導で作成したためか、従業員にはよく浸透しなかった。翌年からは社長自身が試行錯誤しながら作成、格好の良い物にはならなかったが、発表会は盛り上がった。これを教訓に、以後は社員主導で作成されている。経営理念など根幹の部分は社長が作成するが、全社目標をどう達成するのかなどの部門別目標は完全に社員が作成、おのおのが全社目標のために何をすべきかが明確にされている。そして、年度開始の直前に1日かけ発表大会を行うことで、相互が刺激合いをしつつ、全社員のベクトルが合い、おのおのがやりがいを感じる中、目標実現に向かう。

「社員満足をしないと、顧客満足は与えられない」。杉浦社長の言葉である。
取材・文 有限会社アドバイザリーボード 武田宜久       

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