ネットあいち産業情報
top ビジネスレポート 小売商業レポート エネルギー環境レポート お助けBOX
2005.06月号 No.38 通巻239 06月01日発行
名古屋大学遺伝子実験施設長 
石浦正寛 教授
印刷用ページ
【科学技術は今(19)】
生物の時計遺伝子の研究から生まれた超高速遺伝子分析器
睡眠や覚醒といったリズムには、生活や習慣から生まれるものだけではなく、細胞の活動から生まれているリズムもある。24時間のリズムで、タンパク質などが細胞の中で合成されたりする。今回は、こうした生物時計のしくみについて解明し、また、その研究を通じて開発した分析機器が注目されている名古屋大学遺伝子実験施設長 石浦正寛教授の研究室を訪問した(取材は(財)科学技術交流財団上原政美、(株)UFJ総合研究所松山豊が担当)。
細胞レベルで時を刻む生物時計
石浦 まず、生物時計についてお話しましょう。地球上に生息する多くの生物は、地球の自転によって生じる、24時間周期の昼夜交代のリズムに伴って、体内の様々な機能や細胞などの活性を自律的に変動させています。自律的ということですから、昼夜がない、一定の環境下でも、この24時間周期は、継続するリズムです。
―  昼夜がなくなっても24時間のリズムを刻むのですか?
石浦 そうです。不思議ですね。このしくみを生物時計と呼びますが、生物時計がどのようなしくみで働いているのかが疑問であり、様々な生物の生物時計の研究が遺伝子レベルで行われてきました。いくつかの時計遺伝子、時計関連遺伝子が発見されましたが、それらの遺伝子が、どのような分子の機構を通じて細胞の24時間周期の発振をさせているのかはまだ未解明のままでした。
―  遺伝子はかなりわかってきたけど、そこから生まれるタンパク質がどう働いているのかがわからないのですね
分子機械としての生物時計
石浦 そうです。たとえば、機械式の時計では、ゼンマイや振り子、歯車などが決まった順序と位置関係で正しく機能することによって、正確な時を刻むことができますね。機械と同じように、生物時計も時計タンパク質や時計関連タンパク質が、それぞれの役割を適切なタイミングと適切な組み合わせで、時を刻むものと考えています。すなわち生物時計は、タンパク質という生体部品によって構成される精巧な分子機械だと考えることができます。したがって、時計タンパク質の形や機能を原子レベルで解明することが、生物時計の分子機構を解明する手掛かりになります。私たちは、生物時計の存在が知られている藍色細菌(シアノバクテリア)を使い、遺伝子から生物時計の仕組みを解き明かそうとしました。
―  バクテリアでも生物時計を持っているのですね
石浦 シアノバクテリアは、酸素を発生する光合成システムを持った、始めての生物です。35億年前に地球に登場したのですが、現在の植物と比較しても光合成にかかわるタンパク質の配列の90%は同じという植物の元祖ともいえる生物です。このシアノバクテリアが、地球上に酸素をどんどん供給していったので今のわれわれの地球があるのです。
―  なかなか立派なことをした細菌なのですね
石浦 そうですね(笑)。酸素を水中に提供し、鉄などの金属が酸化して沈み、鉄鉱や金属の鉱床になったと考えられています。その後、海中の酸素が飽和し、空気中に酸素を供給して今の大気ができあがったと考えられているのです。
―  このシアノバクテリアで生物時計の遺伝子を特定されたのですね
石浦 そうです。このバクテリアで、時計遺伝子であるkai(カイ<回>)AkaiBkaiCのクローニングに成功し、この遺伝子から作られる時計タンパク質のKaiA、KaiB、KaiCによってさらに時計遺伝子自体が制御されるというフィードバック制御を解明しました。このフィードバックが、時計の発振の本質であろうと考えられています。
時計タンパク質の構造を解析
不眠治療や農業への応用が期待される
―  なるほど、フィードバックは発振のひとつのしくみですからね
 
  石浦 しかし、生物時計装置の部品である、このKaiA、KaiB、KaiCという時計タンパク質の原子レベルでの構造や振る舞いは分かっていなかったのです。私たちは、放射光施設などを使って、KaiAの時計発振に関係する部分の構造が、凹レンズ状をしていること、また、凹面のほぼ中央にあるヒスチジン残基が、KaiA分子の外側に側鎖を伸ばしていて、この残基を異なるものに置換したところ、KaiCとの結合等が著しく低下し、生物時計は全く発振しなくなりました。この結果より、このヒスチジン残基がKaiAの時計発振機能に必須であることを明らかにしたのです。
―  この成果はどのように活用されるのでしょうか?
石浦 今回、時計たんぱく質であるKaiAの時計発振に関係する部分の構造と機能との関係を原子レベルで解明することができました。こうした結果から、たとえば、生体リズムの不調から生じている不眠症などの原因解明やその治療、あるいは、生物時計の振動を速めたりすることで、植物の発生や成長を制御して、生産性を向上させることなどが可能になると考えられます。
遺伝子研究の優位性を高める
超高速の遺伝子分析装置の開発
―  なるほど。新しい農業ビジネスへの展開ですね。ところで、この研究を通じて、超高速の遺伝子発現分析装置が開発されて注目されていると聞きますが・・・
石浦 そうですね。その1つは、DNAアレイとかDNAチップと呼ぶものですね。これは、財団法人科学技術交流財団の研究会「新規オリゴDNAチップの開発と生物時計研究への応用」でも開発を進めてきたものです。
―  どのような分析装置なのでしょうか?
石浦 今見てきたようなタンパク質の解析では、タンパク質を生み出すゲノム機能の解析が大変重要です。DNAチップは、ガラス基板等の上にさまざまな種類のDNAを固定したもので、遺伝子が発現した場合に発現量に比例して蛍光を発する 仕組みで、この蛍光シグナルを観察することで、一度に大量の遺伝子の発現レベルを知ることができる装置です。
価格は数分の1、能力は10倍
―  どのような点に特徴があるのですか?
 
石浦 このDNAチップは、大量の遺伝子を機械が自動的にチェックするものです。研究の生産性や品質の飛躍的向上、競争力の向上に欠かせない装置です。欧米で開発されたこうしたチップの価格はあまりにも高いため、日本ではまだごく一部の研究室に限定されており、研究は大幅に出遅れているといえるのです。 名古屋のバイオ機器メーカーと一緒に新規DNAチップを開発して価格を数分の1にコストダウンすることに成功しました。

これとは別に、生物発光自動測定装置を開発しました。この装置では、生きたまま対象の遺伝子発現を生物発光として観察でき、モニタリングした発光の状況をリアルタイムで表示し、パラメーター解析もできるソフトウェアも開発したことです。  

―  開発はどのような体制で行なわれたのですか?
石浦 名古屋のロボットメーカーや東京の医療分析装置メーカーと一緒に開発しました。開発は、光を計測するカウンター部を24時間、長期間にわたって駆動させるため、機械的な強度を改善するのに苦労しましたが、米国の装置に比べると数分の一の1,500万円程度の価格で提供できるようになりました。こうしたシステムをつくり、きちんと効率的に実験できている研究室は世界でもほとんどないのが実情で、研究者は困っているのです。
―  なるほど
石浦 高等植物の生物時計の研究では、アメリカの研究者が8千サンプルを観測して発見できなかった時計遺伝子を、私たちは10万サンプルを観測することでクローニングすることに成功しました。アメリカの研究者は手作業だったのに比べ、私たちはこのシステムで非常に生産性の高い研究を行ったために結果に差が出たのです。研究発表でこの装置を紹介すると研究者からは、どこで売っているのかとよく尋ねられるほどです(笑)
    

名古屋のロボットメーカーと一緒に開発した生物発光自動測定装置の一部

 
  

東京の医療分析装置メーカーと一緒に開発した生物発光自動測定装置 

―  この装置は今後どのように展開されるのでしょうか
石浦 この装置を、もっと広くマーケットに出したいと考えています。たとえば農作物の品種改良、有用な微生物、発酵、医薬品のスクリーニングにニーズは高いと思います。今は、藍藻やモデル高等植物であるシロイヌナズナについてのシステムを構築していますが、たとえば、イネ用の装置など、他の植物の計測装置を開発したいと思っています。
研究戦略性を高める遺伝子分析装置の普及
―  最後に何かご感想などあればお教えください
石浦 面白いことに、大型プロジェクトをやる場合には、日本は人中心に据えたプロジェクトを展開しますね。既存の組織や人間関係を尊重してその上にプロジェクトをのっける。一方、米国は、ゲノム配列の解析でも分かるように、戦略的にとらえ、機械化やオートメーションで成功しました。機械化やオートメーション、ロボットの国である日本が、その強みを活用しない研究開発の戦略を描くことが不思議だと思います。今回開発したシステムが広く使われるようになることが私の願いです。
―  ありがとうございました
PROFILE
石浦正寛(いしうら まさひろ)

名古屋大学遺伝子実験施設教授。理学博士。

 昭和24年2月10日生まれ

<専門分野>
ナノ生物学、ゲノム機能学

 <所属学会>
細胞生物学会、生物物理学会、生化学会、分子生物学会、遺伝学会、植物生理学会、植物学会

略歴
1971年 3月  金沢大学理学部生物学科卒業
1973年 3月  大阪大学理学研究科修士課程生理学専攻修了
1977年 3月  同博士課程単位取得退学
1977年11月  大阪大学微生物病研究所動物ウイルス部門(岡田善雄教授)助手
1978年 9月  大阪大学理学博士
1979年 4月  基礎生物学研究所細胞融合部門(岡田教授併任)助手
1995年 4月  名古屋大学理学部生物学科助教授
1999年 9月  名古屋大学遺伝子実験施設教授
2004年 4月  名古屋大学遺伝子実験施設長(兼任)

受賞  
第7回木原記念財団学術賞(木原記念横浜生命科学振興財団;近藤孝男氏と共同受賞)、「藍色細菌の生物時計の分子遺伝学的研究」、1999年4月1日、横浜。

連絡先
名古屋大学遺伝子実験施設
〒464-8602 名古屋市千種区不老町
TEL 052-789-3081
FAX  052-789-3081
http://www.gene.nagoya-u.ac.jp/~ishiura-g/

あなたのご意見をお聞かせください
この記事を友人や同僚に紹介したいと思う
参考になった
参考にならなかった