中国知的財産の新たな問題
 〜脅かされる地域ブランド名〜
記事更新日.09.01.05
吉田真樹
愛知県上海産業情報センター 駐在員

愛知県パリ産業情報センター
愛知県サンフランシスコ産業情報センター
■商標権を巡るあらたな問題
(1)東アジア地域における知的財産問題の現状
近年、中国や香港、台湾などを中心にした東アジア経済圏では、急速な経済成長や経済のボーダーレス化が進展する中で、著作権侵害や商標権侵害を始めとする、知的財産権をめぐる問題が深刻化しています。特に中国では、模倣品被害を中心に問題が頻発し、各方面で被害が報告されていることは、耳に新しくありません。

実際に被害の実態を見ると、日本企業が受けた模倣被害は中国におけるものが最も多く、模倣被害を受けた日本企業のうちの69%が中国での被害を経験していると報告されています。
(特許庁発表「2006年度模倣被害調査報告書について」)

(2)商標権を巡る新たな問題 〜地域ブランド名の冒認登録〜
こうした状況の中、近年あらたな問題が浮上しています。
中国や台湾を中心として、日本の都道府県名や地域名、特産品などを中心とする、日本の地域ブランドの商標権被害が相次いでいます。

<脅かされる地域ブランド名 〜「コシヒカリ」に「九谷焼」〜>
2007年7月、世界最大のコメ消費国・中国の北京と上海で、日本産米の販売が始まりました。販売する日本産米は新潟県産「コシヒカリ」と、宮城県産「ひとめぼれ」。ところがパッケージには、それぞれ”新潟県産”、”宮城県産”と表記がされているだけで、「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」の名前が見当たりません。理由は、すでに中国の企業により「越光」や「一見种情」などの名称ですでに商標登録されていたためです。

その後もこのようなケースが相次いで発生しました。台湾では「讃岐」が登録されていたため、日本の讃岐うどん店が看板の撤去を余儀なくされたケースを筆頭に、「織部焼」、「九谷焼」、「南部鉄器」などの日本の特産品名称も、すでに中国の企業や個人によって、商標登録がなされていることが相次いで判明しました。

<都道府県名や市町村名も被害>
地域ブランド名だけでなく、都道府県や市町村の名前も商標登録被害にあっています。
2003年5月、りんごを中国に輸出しようとした業者が中国で「青森」の商標登録がなされていることを発見しました。登録元は広州市のデザイン会社。果物や乳製品など5つの商品分類(類号31)で登録されており、その後、青森県は5年近くかかって異議申し立てをおこない、2008年になりやっとその申し立てが認められることになりました。

他の事例を調べてみると、中国ではすでに27府県と3政令市の出願が報告されています。
(日本貿易振興機構(ジェトロ)北京センター発表)

鹿児島県などのように、公告期間中に申請に気づき、異議申し立てをして申請を差し止めたケースもありますが、すでにそのうち20府県と1政令市の名称については登録済みで、権利が確定しています。

□出願されている都道府県名
       青森、秋田、福島、長野、静岡、群馬、千葉、愛知など27府県
□出願されている政令都市名
       川崎、名古屋、横浜
□出願されている地域団体商標
       九谷焼、美濃焼、南部鉄器、など多数
□その他食品等ブランド名
       コシヒカリ(越光)、ひとめぼれ(一見种情)、あきたこまち(秋田小町)等多数

<愛知県内の市町村名も多数登録>
ジェトロなどの報告を元に、愛知県名や県内の市町村名を調べたところ、相当数の自治体名称の商標登録がなされていることが判明しました。ここに当センターが調べた一部の登録を記載しますが、実際にはさらに多くの市町村名、地域名が登録されているものと推測されます。

□愛知県の自治体に係る出願の一例
  商標 申請者

商品分類

申請時期  
愛 知 愛知;AICHI 個人 シャンプー、ハンドソープ、化粧品、香水など 2004/11/26 以下、27件
名古屋 名古屋 個人 家具用金属、金属チェーンなど 2003/09/09 以下、5件
豊 橋 豊橋;TOYOBASHI 台湾企業 野菜加工製品など 1988/10/07 以下、16件
■法律的なしくみと防衛策
(1)法律的な根拠
このように他人が有している権利をもって、第三者が権利出願をすることを、冒認登録といいます。こうした冒認出願により、日本では誰もが知っているような地名や特産品が、中国を始めアジア各地で商標登録されてしまい、特産品を地域ブランド名を表示して輸出・販売しようとしたらストップされる、こんな事態がおきることが危惧されています。

事情をよく知る専門家によると、一般に地域名が商標登録されている場合、パッケージ裏に貼付する産地名の表記については問題ありませんが、パッケージ表面に大きく印字するなどすると商標権侵害に当たる恐れがあると言われています。

(2)防衛策
以上のように、商標権が第三者によって先駆されるなどの危険性がある場合、防衛の手段としては主に以下の2つが有効と考えられます。
@ 審査期間内に異議申し立てを行う
A 防衛出願をする

<@審査期間内に異議申し立てを行う>
商標が出願されると、登録に先立ち、権利者等利害関係を有する者は公告の開始日から3ヶ月以内に登録異議申し立てを商標局に対して行うことができることと規定されています。同じく中国商標法では、中国国内の需要者(消費者や事業者等)の間でよく知られた既知・著名である商標は保護される旨の規定がなされており、当該の商標がこれに該当する場合には、商標登録が拒絶されることになります。

この規定を用いれば、常にアンテナをはり、近隣国の出願状況を監視しておくことで、冒認出願を防ぐことができます。しかしながら、異議申し立ては公告の3ヶ月以内に行うことが重要で、この期間を逃せば、「青森」の事例のように権利取り消しを求めて5年以上にわたる係争に訴えなければならなくなります。また異議申し立てを行うものが、“中国国内の需要者(消費者や事業者等)の間でよく知られた既知・著名である”ことを立証しなければならないため、中国での知名度が低い日本の特産品などではハードルは高いものとなります。

<A防衛出願をする>
こうした状況を考えると、早期の商標出願による権利確保や、防衛出願がなによりも有効な対策といえます。

現状をうけて、企業や自治体を中心に、防衛措置を講じる動きが出始めています。長野県は、食品分類ではまだ商標権取得がなされていない「信州」の防衛取得をする計画です。また山形県にも同様に地域ブランドの中国での商標権取得を計画しているそうです。

またジェトロや特許庁などの呼びかけを受けて、県内企業の方でも中国への輸出を始める準備として、商標登録を検討する動きが出始めています。

経済のグローバル化が進む中で、その経済的な距離間を縮めている中国、台湾、香港、韓国などでは、常に権利に対する意識を高め、自己防衛措置を講じなければ、常に商標権侵害の危険性にさらされているといえます。権利保護に対する意識の改革と、積極的な取り組みが必要とされています。