先進国市場を目指した日本の産業が直面する最大のハードルは低価格化の実現です。
既に(図−2)で述べましたように、アジアの諸国・地域の「GDP/人」は先進国に比較して格段に小さく、
また(図−4)で見たように、世帯可処分所得は5,000ドル/年以下が中心で、中間層といわれる5,001ドル/年から35,000ドル/年の所得層が急拡大する段階に入ったところです。
この諸国・地域を販売市場とするためには、先進国市場向けの製品仕様を基本としてきた日本産業
には、低価格化という大きなハードルを越えなければならないわけです。
世界統一仕様、世界統一品質を基本に標準化して大量生産によるコスト削減を目指し、世界の市場
に販売するパターンから、生活様式や民族・文化の違い更に経済発展の段階を踏まえた現地の市場ニーズに製品仕様や品質を見直して、多様に変化して対応する新たな事業のパターンを構築することが求められているのです。
既に海外に事業展開している企業が「今後5年先を見据えて重視する消費者層」のアンケート調査結果を「ものづくり白書2009(経済産業省調べ)」から見たものが図−8です。
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富裕層を重視してきた製品作りから 中間層向け製品作りに大きく方針転換していることが分ります。
富裕層向け製品仕様は先進国向け仕様を基本にしたものであり、中間層向けは新興国市場向けを
意味しています。
コストを削減するために行われる具体策を幾つかご紹介しましょう。
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■製造コスト削減を図る場合(先進国製品仕様のままで)
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◆安価な労働コストの取込み(人件費の削減)
現状におけるアジア新興国の人件費レベルに関してジェトロが2009年に調査した各国の作業員(一般工職)の年間実負担額アンケートが公表されており図−9にこの値を見ることができます。
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日本(横浜)に比して、NIESの諸国・地域で 35%(台北)〜55%(ソウル)ですが、中国、アセアン
南西アジア等の新興国・地域では10%以下のレベルです。 安価な人件費による製造コスト実現のためには、未熟練の現地人作業員の教育・訓練に技術者・技能者レベルの指導者派遣が重要になります。
多くの海外進出企業が先ずはじめに取組始めた課題で、これに成功して生産拠点を構築してきたのです。
先進国市場への製品輸出には 新興国で製造する製品は安価な人件費コストを織り込んで競争力強化に大きく貢献することになりますが、新興国市場での販売には 全ての進出企業が手に入れることのできるアイテムであるため必ずしも「競争力の源泉にはならない」ことに留意する必要があります。
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◆材料、部品の現地調達化が差別化の鍵になります
新興国市場で製造コストを大きく引き下げるためには、安価な現地製の材料・部品の使用範囲をより拡大することが重要な鍵になります。
進出国で適当な材料・部品が得られない場合は、他の新興国市場から調達する選択肢もあり、
進出企業が取組まなければならない重要な課題になります。 既に多くの先進国企業が「独資又は現地資本との合弁」の形態で進出して「安価で高品質」の材料・部品を生産し販売しています。また台湾、韓国等のNIES諸国・地域には採用できる多くの材料・部品があります。
この時、品質の評価が課題になります。
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◆品質の評価と「捨てる品質」の決断が重要です
現地における材料・部品調達で重要な課題の一つに品質の評価と使用可否の決断があります。品質評価項目には、致命欠陥、重欠陥、中欠陥、微欠陥等ランク付けをし、守る品質項目と捨てる品質項目を明確にして、特に捨てる品質項目を決断することが求められます。 品質の評価は、現地市場が判断するのが基本であり、日本人の日本国内での判断基準を持ち込む事は避けねばなりません。
現地の事情に精通しない日本国内の品質評価部門に判断を委ねると、日本国内での基準で判断されるために、調達の現地化が進まないことが多々発生します。これは「品質の文化」が違うのです。日本は不良率をPPMで表現し、新興国では%表示が基本になっています。材料・部品の現地調達化は、コスト削減と競争力確保のためには極めて重要なことですからこれを左右する品質の評価と採用の決断は、現地の「品質の文化」を正確に反映できるよう現地権限で行える経営の体制整備が重要になります。
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製造コスト(人件費、材料・部品調達コスト)の削減では、競争力を確保できないために、新興国
市場向けに専用仕様製品を投入しなければならない場合があります。
◆開発を伴う専用仕様品の投入
最近、トヨタがインドで現地仕様車「エティオス」を開発して、カローラ比でコスト半減したとの新聞報道がされました。この開発方式は従来の「先進国向けモデルを現地仕様に調整する」方式を止めて、新興国向け専用車として一から開発したと報じられています。 現地の道路事情、現地人の車の使い方の研究から舗装されない道での耐久試験を経て、部品点数の削減、部品機能の見直し、現地調達部品の品質評価まで、徹底した新興国向け専用モデルを作ったと報じられています。 トヨタの中国市場シェアは5%弱、インド市場シェアは3%強といわれており、新興国で出遅れたトヨタが本格的に参入を図るためには 「経営トップの決断」によって専用設計による開発が決められ、実行されたケースであることは間違いないことでしょう。
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◆既存品の選択による専用仕様品の投入もあります
新たな開発を伴わない専用仕様品の投入も可能です。既に第二回の事例でご紹介しました事例:
排水用水中ポンプは、日本の2世代前のモデルをそのまま現地市場環境に対応させて投入し現地の
材料・部品を大幅に採用してコスト削減した結果売上を伸ばして成功したことは既に述べました。
日本の市場環境が変化して旧モデルとなって日本国内では廃止された設計諸元が、現在の現地市場環境にマッチすれば図面庫に眠っていた図面を取り出してそのまま製品化することもできるのです。
工業化によって経済発展を遂げつつあるアジア新興国の多くは、先進国・日本が過去に経験した
市場環境を再現している場面があちこちに見られます。現地の市場の実態を観察して対応すれば
蓄積してきた技術力、製品力が新たな開発費をかけずに再度製品化することもできる市場なのです。
第二回の(図−7)の中で、「◆直接投資企業の取組ポイントの変化」に注目して頂くと、開始後には
「新製品開発活動の拡充」のウエートがほぼゼロの数字になっていることに注目してみて下さい。
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■急拡大するアジア新興国市場に日本の技術力・製品力を活かそう
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世界金融危機後の先進国経済は、アメリカ、欧州、日本のいずれも極めて低いGDP成長率
を余儀なくされています。先進国はいずれも 新たな発展の販売市場を求めています。
一方、BRICsに代表される新興国、とりわけ約30億人の人口を抱えるアジア新興国には
今後の経済発展特に販売市場の拡大に大きな期待が寄せられています。
アジア新興国における所得階層別人口の推移が、通商白書2010に掲載されておりますが、
今後2020年までの「富裕層と中間層の人口拡大」が大きな市場として注目されているのです。
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富裕層人口は2010年:0.6億人(日本:1億人)が2020年:2.3億人(日本:1億人)と
推計されており、日本の外に日本の2倍強の富裕層が生まれていると考えられているのです。
また、中間層人口は2010年:9.4億人から2020年には20億人と推計されています。
現在の先進国人口は約10億人弱ですが、アジア新興国の「富裕層と中間層の人口」は
この2倍を超える規模に膨れ上がると推計されています。
地理的に近い位置にある日本がこのアジア新興国と経済的に緊密な関係を築き、アジアの
活力を取り込み、技術力や製品力を活かしてアジアに貢献する「Win−Win」の関係を
作ることが期待されているのです。
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